2013年08月29日

第3回:「囲碁」と演劇


●王銘琬九段の衝撃

王銘琬(オウ メイエン)(1)という九段の棋士がいます。
1961年台湾出身で1975年の11月に来日し1977年にプロ入り。
日本の三大タイトルの一つ「本因坊」を獲ったこともある超一流棋士の一人です。

メイエン九段と初めてお話したのは、今からちょうど10年ほど前、日本棋院から帰宅する電車の中でした。

たまたま隣の席になり、お辞儀をして緊張している私に、
「高見さんはお芝居をやってらっしゃるそうですね」
とメイエン九段が話しかけてくださったのです。

「は、はい」と答えたきり、<知ってるんだ…!>と驚き恐縮して何も言えずにいると、「どういうお芝居ですか?」と尋ねてこられました。

<こういうときには、きちんと返事ができなければ>と気持ちばかりあせり、「一作一作違うのですが、主には現代が舞台で、隣に住んでいそうな普通の人々が主人公で、彼らがあり得ない世界に投げ込まれて……」と話し始めたもののまとまりそうになく、「わかりやすい不条理劇を目指しています」と強引にまとめてみました。

そして一人赤くなったり青くなったりして<ああ、もっと気が利いた答えを、なぜいつもできないんだろう>と自分を責め、落ち込んでいきそうになったとき、メイエン九段から次の言葉が発せられたのでした。

「僕はね、別役実さんの書くものは不条理だとは思わないんですよ」

<・・・・・・>

そのときの驚嘆というか、それを通り越して愕然としたことは今でも忘れられません。

年齢は私とさほど変わらず、14歳で来日してから日本語を覚え、ひたすら囲碁の道を極めてきた方が、日本の劇作家「別役実」を知っているだけでも驚きなのに、その戯曲を読んだこともあり、かつ「不条理だとは思わない」という自らの意見を持ち、堂々とにこやかに私に語っているのです。

<私は一体この二十年何をやってきたんだ。
メイエン先生と比べて、どれだけ無駄に時間を過ごしてしまったんだろう>。

その後の私の頭の中は、メイエン九段への畏敬の念とショックの間を全速力で行ったり来たりしていたものでした。

この頭の中の往復運動は、今も(つい1カ月前に、やはり電車でたまたま一緒になったメイエン九段から「ワケあって」若い頃にお芝居をよく観ていた時期がある、というお話を聞いて少し速度は落ちたのですが)続いています。

今回は、自己紹介も兼ねながら、「囲碁と演劇」というタイトルにしてみました。

私は大学入学と同時に早稲田小劇場(後のSCOT)という劇団に入り、それからずっと演劇を続け、今はかもねぎショット(2)というグループの代表をしています。

一年に2公演のペースですが、今年度は3公演とちょっとハードスケジュール。
7月公演を終えてホッとしたのもつかの間、11月公演の準備が始まっています。

2009『サークルダンス』.jpg
かもねぎショット公演『Circle Dance 〜ロマンス〜』(2009年)
撮影=伊藤雅章 振付・演出=伊藤多恵 テキスト=高見亮子




●囲碁は<生身の人間力>を映す鏡

さて、勝ち負けがつく囲碁と演劇とでは、全く世界が違うと考えていたのですが、囲碁も一局一局が作品だと考えると、共通点が多いことに気づきました。

まず、舞台が四角いこと(演劇では円形や変形舞台もありますが)。
始まりには何もないこと。
ここはポイントです。

そしてそこに、自分にしか創れない世界を立ち上げようと大望を抱き、今自分が持っているの全てを注ぎ込もうとすること。

プロ棋士はときどき、対局がまだ始まったばかりだというのに長考すること(長く考えること)があります。

以前は、「もう考えてる! やはりプロは違うなあ」と闇雲に尊敬していたのですが、どうやら「考えている」とは限らない、ということがだんだんわかってきました。

例えば、石倉昇九段(3)は「碁盤を前にして、今日はどんな碁を打とうかと構想を巡らせるときが一番幸せ」と話されたことがあります。

その言葉を思い出すと、なるほど、依田紀基九段(4)などは、ご本人は気がついていないでしょうが、何もない碁盤を見つめながら幸せそうにニコニコしていたりするのです。

やはり、構想を巡らせて、想像の世界を広げているのでしょう。
そして、そんなふうにニコニコ笑えるときというのは、心身ともに広々していながら充実しているに違いなく、<ああ、あやかりたいな>と羨ましげに見入ってしまいます。

そうかと思うと、趙治勲二十五世本因坊(5)のように厳しい表情のまま長考する棋士もいます。

これは、対戦相手の棋士の推察によると、「気合が高まるまで石を握ろうとしない」ためだそうです。
この厳しさも見習わなければと思います。

いつも正解があるわけではない、というところも囲碁と演劇の共通点でしょう。

正解がない中で次の手を選ぶとき、囲碁では自分の感性をどれだけ信じられるかが大事。

また、一度決めたら自分を信じて突き進むことも大事なようです。

プロ棋士はよく「前に打った手の顔を立てる」という意味のことを口にします。

つまり、途中で作戦を変更すると、それまでに打った石が「悪手」になってしまい、耐えがたいのだそうです。
(と、ここで書きかけの台本に目を通してみると、揺らいでばかり。自分を信じる力が圧倒的に欠けているようです)

2013『福袋駅下車徒歩6分』1.jpg
かもねぎショット公演『福袋駅下車徒歩6分』(2013年)  
撮影=伊藤雅章 作・演出=高見亮子


一人では作品を創ることはできない。
これも共通しています。

相手が何を考えているかを常に考えている、と言い換えることもできるかもしれません。
演劇では、相手役の俳優が上手だと、何も考えずに自然に伸び伸びと演じられます。

私の大好きな俳優が「自分のセリフを自分のために言ったことは一度もない。全てのセリフを相手役のために出している」と話したことがあり、感心させられたことがあります。

囲碁では、「相手のために」自分の手を打ったりしようものならたちまち負けてしまいそうですが、「相手をよく理解した上で、次の手を選ぶ」ことは欠かせません。

相手のことを何も考えずに一人よがりで選んだ手は、たいてい散々な結果を招くもの。
囲碁が強くなればなるほど、相手の心を読めるようになるといいます。

プロ棋士は、対局中のお茶の飲み方や、ため息の音色でも見抜けるそうです。

長い長い歴史を持ち、世の中がどれほど変わっても生身の人間の力が試される世界、という点も共通しています。

失敗もし、いつまでも経っても満足できず、でも名局、名舞台が生まれることもあり、それらは見る人を感動させ。
これからも人間を映してゆくのだろうなと思います。


位置情報棋士、一言紹介(プロフィールは日本棋院のHPをご覧ください!)

(1)王銘琬九段
囲碁界の哲学者。と思っているのは、私だけではないはず。

(2)かもねぎショット
演劇集団です。
詳細はHP(今リニューアル中のため不備が多いのですが)、ブログをご覧ください。


(3)石倉昇九段
東大法学部→日本興業銀行というエリートコースから囲碁のプロ棋士に転身。詳細は『ヒカルの碁勝利学』をぜひ。「わかりやすい解説・指導」にも抜群の定評があります。

(4)依田紀基九段
名人位4期をはじめビッグタイトルを数多く獲得した超一流棋士。世界戦でも優勝したことがあります。「世界一の男」・韓国の李昌鎬(イ・チャンホ)九段に強く、韓国では、歩いていると振り返られるほど有名だとか。『ヒカルの碁』に登場する「倉田」のモデル。でも最近ダイエットに成功して20キロやせられ、外見は今では倉田と全く似ていません。

(5)趙治勲二十五世本因坊
タイトル獲得数は史上1位。「大三冠」(三大タイトルを同時期に制覇)、本因坊位10連覇など数々の偉業を達成し、現在も第一線で活躍。囲碁界の歴史に大きな跡を残す大棋士。さまざまな会でのスピーチの才も秀逸、絶品で、会場を必ず大爆笑に誘います。


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お問合わせ先:岡本建築設計事務所
TEL:03−3625−2532
メール:sekkei@oka-ken.com
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2013年08月02日

第2回:「囲碁」とコンピュータ


今回は「囲碁とコンピュータ」というテーマにしてみます。

最近、「スーパーコンピュータ」開発のニュースをよく耳にします。

コンピュータにも数字にもうとい私は、「1秒間に1京回の計算ができます」と聞いても、さっぱり実感が持てなかったのですが、最近、コンピュータに詳しいマイケル・レドモンド九段(1)(アメリカ出身のプロ棋士です)の例え話を聞いて、「どれほどコンピュータの性能が進歩したか」ということが、少しわかった気になりました。

レドモンド九段が子供の頃(40年ほど前です)、ご実家の一室は、物理学者のお父様の巨大コンピュータで埋め尽くされていたそうです。

「それと同じだけの機能を持つコンピュータが、今では片手のてのひらにのるサイズになったわけですからね」。

なるほど。
そして、「とりわけ、ここ20年の進歩には目をみはるものがある」のだそうです。

では、この目をみはる超高性能コンピュータが囲碁を打つとどうなるのでしょうか。


スーパーコンピュータ vs. 人間

ご存じの方はご存じのように、チェスは、1997年に、世界チャンピオンのカスパロフ氏が、IBM製のチェスコンピュータ「ディープブルー」に1勝2敗3引き分けで敗れました。

「ああ、人間がコンピュータに負けちゃったぁ」とかなりショックでしたが、「囲碁は大丈夫」と大船に乗っていました。

実際、囲碁のコンピュータソフトは「史上最強」と銘打たれた新商品が次々開発されても、その実力はといえば、アマチュア初段ぐらい。
明らかに伸び悩んでいたからです。

なぜ、コンピュータは囲碁が強くなれないのか(強くなれなかったのか)ということを、囲碁ファンは得々として語ったものです。

一つには(これは、さほど威張れることではないかもしれませんが)、単純に碁盤が広いから。

チェスや将棋は9マス×9マス=81マスが競技場となるのと比べて、囲碁は19路×19路=361の交点が舞台です。

最初に黒石を置いてもよい場所が361カ所あり、二手目に白石を置いてもよい場所が360カ所、三手目の黒石が359カ所……この枝別れの総数を361×360×359×……と計算していくと、6手目にして2千兆を越え、7手目になると自宅の電卓には数字が現われません。

その中から最善の一手を選ぶことは、さすがにコンピュータでも無理だろう! と私も思いました。

igo19.JPG 19路盤

igo9.jpg 9路盤


また、一つには、囲碁では「感じる」ことが次の手を決める要因になるためです。

例えば、「自分の石が弱いな」と感じたら守る手を選びますし、「相手の石が弱いな」と感じたら攻める手を選びます。

でも、コンピュータは「感じる」ことはできないだろう! と鼻高々になっていたのです。
ところが、コンピュータは強くなっていきました。

将棋のソフトもめきめき腕を上げていき、羽生善治さんが何年か前に話した「将棋は、人間がコンピュータに負ける日がくる」という言葉が現実のものに。

今年、プロ棋士がコンピュータに敗れた出来事は衝撃的でした。

そして囲碁のソフトも、画期的に強くなりました。

今年、プロ棋士の石田芳夫九段(2)を相手に、4子局(ハンディキャップとして、はじめに黒石を4つ置いてから始める対局)で一勝一敗という互角の戦績。

アマチュアの五段ぐらいの腕前でしょうか。
これまでのアマ初段から一気に「四段」も強くなったわけです。

その理由は、新たにモンテカルロ法というプログラムを組み込んだことにあるようです。

「モンテカルロ法」がどういうものかというと、これまたレドモンド九段の解説によると「最善手を探すというよりは、終局(対局の終わり)までの参考図を無数につくって、勝率のよい手を選ぶ」というやり方で、「これまでもモンテカルロに近い発想はあったのですが、記憶能力・計算能力上、コンピュータが無理だった」のだそうです。

では、この先、ついに人間がコンピュータに負ける日はくるのでしょうか。

コンピュータソフトの制作現場の方々は「あと10年でその日は来るでしょう」と余裕の表情で語られていました。

レドモンド九段は「この20年、コンピュータそのものの伸び方はものすごくて、囲碁の5級から五段の差以上に伸びている気がします。今から20年経ったら、想像もできないコンピュータというものがある。だから人間は負けちゃうんじゃないかと思う。わからないことを想像してもわからないのだけど(笑)」とのこと。

人間応援団としては、少々不安な気持ちにさせられます。


コンピュータの囲碁では“感動”できない

でもそもそも、コンピュータが囲碁で人間に勝つかどうか、ということに、私はさほど興味がないかもしれない、と今気がつきました。
なぜなら……

第一に、私は個人的には「人間はコンピュータに負けない」と思っています。
記憶能力と計算能力だけでは囲碁は勝てない、と思っているからです。

今年93歳になられる杉内雅男九段(3)は、今も現役のプロ棋士として活躍されています。

囲碁界最高峰のタイトル「棋聖」戦では、棋士全員参加の予選を勝ち上がった12人が最後に「リーグ戦」を行って挑戦者を決定するのですが、12人中、今年は50代が4人もいます。

もし囲碁が、記憶と計算が全てのゲームなら、10代、20代の棋士に50代の棋士が勝てるものではないでしょう。

また、仮に一局コンピュータに負けたとしても、人間はすぐにコンピュータの弱点を研究し、癖を見抜きますので、次に対戦するときには負かすことでしょう。

だから、突き詰めれば、コンピュータは一局しか通用しないのではないかと思われます。


第二に、対局の内容に関心が持てないからです。

ハッ目とさせられたり、感動させられるような手をコンピュータが打つとは(偏見かもしれませんが)思えません。

いずれ、小説を書くコンピュータが出来上がったときに、その小説を興味本位で一回は読むかもしれませんが、おそらく二回は読まないと思うのと同じです。

さて、とはいうものの、プロ棋士たちはコンピュータに負けるわけにはいかず、中には戦々恐々とされている方もいるかもしれません。
でも、頼もしいエピソードがあります。

今年、19路×19路の碁盤での対戦の他に、入門指導などでよく使う9路×9路の碁盤でも、プロ棋士とコンピュータの対戦がありました。

碁盤が狭いわけですから、人間に不利なのは明らか。
対戦前は99%コンピュータが勝つ」と言われました。

でも、大橋拓文六段(4)ら若手棋士は、コンピュータの弱点・癖を研究し、見事に負かしたのです。

このことが、今年のタイトル戦の夕食の席で話題になったとき、張栩(チョウ・ウ)九段(5)(元五冠王。今年、井山裕太さん(6)に棋聖位を奪われるまでの第一人者)は、イタズラっぽい自信に満ちた笑みを浮かべながら、こう話しました。

「かりに99%負けると言われても、1%勝つ可能性があれば、人間はその1%に100%を投じることができる。だから、99などという数字は何の意味もなさない」。

人間の能力は、それを信じる者によって最大限に活かされるのだろうなと、心強く思わされた張栩さんのコメントでした。



位置情報登場棋士をご紹介します!
登場順。各氏の正式なプロフィールは、日本棋院のHPをご覧ください!

(1)マイケル・レドモンド九段
1963年、アメリカ、カリフォルニア州サンタバーバラ出身。
当時はインターネット対局などなかったので「このままアメリカにいたら、(自分より強い)囲碁の対戦相手がいなくなる」と、子供心に危機感を覚えて14歳で来日。2000年に、史上初めての「青い目の九段」に昇段。日本語は、内弟子(師匠の家に住みながら修業をする弟子)時代に、師匠のお母様から習い覚えました。そのため、古風な言い回しを自在にあやつり、「日本人より美しい日本語を話す」棋士としても有名。

(2)石田芳夫九段
1948年、愛知県出身。史上最年少、22歳で日本の三大タイトルの一つ「本因坊」を獲得。以降五連覇を達成。その他にも数々のタイトル歴があり。60歳から名誉本因坊資格により二十四世本因坊秀芳を名乗っています。
全盛期は計算力にすぐれ「コンピュータ」の異名は囲碁界では有名。
最近はわかりやすく辛辣な「名解説者」としての評価も高く、終盤に入る頃には「どちらが何目半勝つ」と言い当てるコンピュータぶりは健在。
歌が上手く、レコードを出したことも。

(3)杉内雅男九段
1920年(大正9年)、宮崎県出身。夫人の杉内寿子八段とそろって現役棋士。実績もさることながら、囲碁への真摯な態度、居ずまい、お顔立ちもあいまって、棋士たちからは「神様」と敬愛されています。

(4)大橋拓文六段
1984年、東京都出身。ピアノがプロ並みの腕前。
音楽好きのご両親の影響からか、3歳のときに「ピアノを習いたい」と頼んだとか。棋士の道を選びましたが、ピアノは弾き続け、「最近はバッハの良さがわかってきた」とのこと。新宿の某レストランに依頼されてときどき演奏しています。詰碁(囲碁の問題)づくりも得意で、「武光徹の曲を聴いていたときに、でっかい詰碁がひらめいた」りするそうです。

(5)張栩九段
1980年、台湾台北市出身。4年前に史上初の五冠達成。3年前に史上2人目のグランドスラム(七大タイトルを一度は獲得)を達成。
ある会場で、「一日にどのぐらい囲碁の勉強をするのですか?」という質問に「28時間」と答えて話題になりました。ご本人は、普通に答えてもつまらないと思い、「え? それはどういう意味ですか?」と興味を持ってもらう作戦だったそうですが「会場がシーンとしてしまって、困った」と笑っていました。
奥が深くウィットに富んだ明言は数知れず。少しずつご紹介したいです。

(6)井山裕太五冠
1989年(平成元年)、大阪府出身。
昨年結婚した将棋の棋士、室田伊緒初段とは、生年月日が同じ! お二人の誕生日に入籍されました。今年史上初の六冠の偉業を達成。新聞やテレビでも大きく報道されました。
現在は「碁聖」戦のタイトルマッチ五番勝負の最中。井山碁聖は1勝2敗と追い込まれています。第4局は8月9日(金)。どうなるでしょう?! 
井山さんといえば、師匠の石井邦生九段に、プロになる前にネット対局で千局も打ってもらったことでも有名(師匠は弟子とは直接対局しないのが囲碁界の常識でした)。その石井九段は最近「井山さんに千局も打ってもらったのに、どうして石井さんは強くならなかったんだろうねえ」と冷やかされているそうです。


ひらめき今年から日本棋院(公益財団法人。日本の囲碁を代表する団体)では、プロ棋士とコンピュータ囲碁との公式定期戦 「電聖戦」を開催しています。
興味のある方はぜひチェックしてみてください。
日本棋院HP:http://www.nihonkiin.or.jp/news/2012/11/1_18.html


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■『わが天才棋士・井山裕太』(石井邦生・著)
師匠がみた天才棋士の素顔と成長の記録
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2013年06月27日

第1回:「囲碁」と教育


はじめまして。
「囲碁ライター」の高見亮子と申します。

集英社インターナショナルさんから出版された『ヒカルの碁勝利学』『ヒカルの囲碁入門』シリーズ(いずれも石倉昇九段著)の編集を手伝わせていただいたご縁で、「囲碁にまつわるアレコレをブログで紹介してみませんか?」という嬉しいご提案をいただき、喜び勇んでお引き受けした次第です。
どうぞよろしくお願いいたします。


今回は、「囲碁と教育」という側面から……
少々堅い感じですが……囲碁をご紹介してみましょう。



「囲碁」の授業は東大だけじゃない!

今、日本の教育の現場で「囲碁」が注目を集めはじめていることをご存じでしょうか。
その皮切りとなったのは、8年前、東京大学の教養学部で「囲碁」が単位の取れる授業として導入されたことでしょう。
教鞭をとったのは、プロ棋士の石倉昇九段、吉原由香里四段、黒瀧正憲七段でした。
この授業は、人気講座として定着し現在も続いています。
その後、囲碁を授業に取り入れる大学が続々と増えてきました。
早稲田大学、慶応義塾大学、青山学院大学、埼玉大学……地方を加えればもっとありますし、今後もさらに増える気がします。

また、東京都中央区の小学校でも、今年から年間10時間程度、プロ棋士が授業で囲碁を教えることになりました。
さらに、SSH(スーパーサイエンスハイスクール)指定校(※)でも、囲碁を授業に取り入れる動きが始まったようです。

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熊本県立宇土中学校で講義中の石倉昇九段 ⓒ日本棋院

※SSH(スーパーサイエンスハイスクール)
高等学校等において、先進的な理数教育を実施するとともに、高大接続の在り方について大学との共同研究や、国際性を育むための取組を推進します。また創造性、独創性を高める指導方法、教材の開発等の取組を実施します。(「独立行政法人 科学技術振興機構 理数学習支援センター」のHPより)指定校は、全国で200校以上にのぼります。


では、なぜ囲碁がこんなに学校教育でとりあげられるようになったのでしょうか。

お隣の韓国は囲碁が盛んで、その底辺を支えているのが子供たちです。
子供が通う「囲碁道場」がビジネスとして立派に成立しているといいます。
日本でいえば「塾」に通う感覚でしょうか。
プロを目指す子供たちも、日本の百倍はいる、と言われています(ちなみに中国はそれ以上)。

子供たちが熱心に囲碁に取り組む理由の一つに、韓国では「プロ棋士」の人気がとても高いことがあげられます。
日本でいえばサッカー選手の日本代表なみ。
もちろん知名度も高く、街を歩いていれば振り返られるそうで、これは今のところ日本とは大違いです。

もう一つの理由は、親が熱心に子供に囲碁をやらせる、ということ。

「囲碁がによい、ということが、当たり前の事実として親たちに普通に浸透している」と韓国の囲碁事情に詳しい棋士たちは口をそろえます。

つまり、韓国では、頭がよくなるために、いわゆる教育ママたちが、子供を囲碁道場に通わせているわけです。
これもまた、今のところ日本とは大違いです。

でも、日本が学校の授業で囲碁を通じて子供たちに教えようとしていることは、韓国や中国が「道場」で教えていることとは少し違う方向性──文化の側面が濃いもの──だと思われます。

頭がよくなるように、とか、本気でプロを育てようということではなく、感性を豊かにする情操教育として捉えているのでしょう。



“囲碁脳”は子どもの成長を助ける

石倉九段は、「囲碁の効用として、次の8つをあげています。
これらの効用が、教育に有効だと先生方に認知されるようになったと思われます。

1)考える力を養う。
2)コミュニケーション(相手の気持ちを考える)能力を高める。
3)バランス(相手にも与える)感覚を養う。
4)忍耐力(苦しい局面を耐える能力)をつける。
5)集中力を高める。
6)大局観を養う。
7)右脳を鍛える。
 (囲碁は感性のゲーム。コンピュータでは解明できない唯一のゲーム)
8)礼儀が身につく。


上記の「8つの効用」の一つひとつについて詳しくコメントするのは別の機会に(あるいは、石倉九段の著書に)譲ることにして・・・・・・「なぜ学校で囲碁を?」という問いを別の角度から考えてみると・・・・・・

囲碁は、6世紀ごろに中国から日本に伝わったという説が有力視されています。
当時の中国には、君子のたしなみとされる「琴棋書画(きんきしょが)」という言葉がありました。

この中の「棋」にご注目を。
これは囲碁のこと。

音楽(琴)、書道(書)、絵画(画)と並んで、囲碁が教養の一つと数えられていたわけです。
この4つは、日本の歴史を振り返っても大事な教養とされてきたのに、いつの間にか「囲碁」だけがこぼれ落ち、学校教育に組み込まれませんでした。
(こぼれ落ちた原因は、一時期、囲碁が賭け事であるという悪い印象を持たれたためではないか、という説があります)

ということは、「なぜ学校で囲碁を?」ではなくて逆に「なぜ学校で囲碁を教えないのか?」と考えてもよい気がします。


今回、初回の緊張もあり、なんとなく、アラマシだけになってしまいました。
最後に少しだけ、自分のことを書いてみようと思います。

私は、小学生の頃に囲碁を覚えました。
父が、私と母を並べて教えてくれたのです。
母はたちまち囲碁にハマり、毎晩のように父と打つようになりました。
私は、その頃は外で遊ぶ方が断然好きだったので、「碁を打とう」と呼びかけてくる両親から逃げ回っていました。それでも、1カ月に1回はつかまって、母と対局させられました。

ところが、どういうわけか、碁石に全くさわらずに1カ月過ごしてきたというのに、毎晩のように碁を打ってきた母に勝ってしまうのです。
母は悔しいので、また毎晩のように父に習い、私は外で遊びつづけて1カ月が経ち、またつかまって対局する。
また私が勝つ。
その繰り返しで何年も経ちました。

なぜ、私は勝てたのか。
一つには、「子供には所詮勝てないのかもしれない」という、対局する前から弱気になっていた母の精神状態が、大きく影響していたということもあるでしょう。

でも、一つには、囲碁は、ルールを覚えてある程度理解できたら、「人間の成長と共に強くなるゲーム」だからではないか、と、個人的には思っています。
当時も、勝てばもちろん嬉しいわけですが、同時に「勝手に強くなれる不思議なゲームだ」と心の中で目を丸くしていました。


最近、石倉九段が、「子供の頃に『囲碁脳』をつくっておくことが大事」という話をされており、なるほど! と合点がいきました。

子供の頃から音楽に馴染んでいれば、自然に音楽が隣にある人生を送るようになるでしょうし、子供の頃から絵を見たり描いたりしていれば、大人になってからも「絵心」はなくなりません。
囲碁も、子供の頃に覚えれば、何の苦労もなく生涯の友になるわけです。
音楽や美術が人生の幅を広げ、豊かにするなら、囲碁もまた然り。

ところで、私が母に勝ちつづけるという現象は、私が高校生ぐらいのときに、ピタリと終わりました。
つまり、勉強している母に勝てなくなったのです。
そのとき私は「囲碁は人間の成長と共に強くなるゲームだ」という思いを新たにしました。

「だいたい、高校生ぐらいで、人間形成はおわる」というわかったふうな自論と一致して、囲碁の不思議さに妙に感心させられたものです。
そして、その不思議さに魅かれて、だんだん囲碁に興味を持つようになっていったのでした。


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毎年行われる、文部科学大臣杯「少年少女囲碁大会」。
地元の厳しい予選を勝ち上がって、全国大会に出場できる「少年少女」選手たちは、
中学生の部、小学生の部、ともに約百名。家族や応援団が見守る中、一堂に会して、
東京市ヶ谷にある日本棋院の二階フロアを埋め尽くす光景は圧巻!




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