2013年12月27日

第6回:「囲碁」と日本人


今回は「囲碁と日本人」というタイトルにしてみました。


・日本は文化的に碁に向いている?
──素直な日本人と、徹底議論の欧米人


もう20年以上も前ですが、私は、アメリカ人と囲碁を打ったことがあります。

私のほうが少し強かった(と自分では思った)ので、対局が終わってから反省会を試みてみました。

「この手は、ここに打った方がよかったと思います」と、相手の失敗を指摘してみたわけです。すると彼は「僕はそうは思わない」と返してきました。

一瞬絶句した後、「でも、ここに打っていれば、ここがこんなにいい結果になるでしょう?」と言い返してみました。

すると彼からは「そんなにいい結果だとも思わないし、僕は実戦の結果でも全くかまわない」と返ってきました。

そう言われると、私は囲碁の神様であるはずもなく、自分が言っていることが100%正しいという自信はありません。加えて説き伏せるほどの英語力などとうてい持ち合わせていません。

そこで私は、文字通り、閉口してしまったのでした。
以来、なんとなく、小さなトラウマになっていました。

でも、最近、プロ棋士のマイケル・レドモンド九段から「僕は日本人に教えるときと、欧米人に教えるときとでは、教え方が全く違う」というお話を聞いて、少し安堵しました。

「日本人と指導対局するときには、やさしくきれいに打ち、ほんの少し勝たせてあげることもありますが、欧米人が相手のときは、はじめは必ず木端微塵に叩きのめす」のだそうです。

「日本人にそんなことをしたら、もう囲碁は打たないと嫌われてしまいそうですが、欧米人は、こちらがどれほど強いかということをきちんと見せておかないと、その先こちらの言うことを全く聞かないから」と笑っておられました。

レドモンド九段の指導経験によれば、「もちろん、個人差はありますが」と前置きしたうえで、自分の意見を主張する欧米人よりも、相手の意見を素直に聞く日本人の方が囲碁の上達は早いとのこと。

その代わり、欧米人は徹底的に論議して納得すれば本当に理解し自分のものにできるけれど、日本人はわかったつもりになって(あるいは、わかったフリをして)実際には理解しておらず、いつまでも身につかないこともままある、とのことでした。

なるほど、囲碁に限らず、私も思い当たることが大ありです。

アメリカ出身のレドモンド九段ご自身も、来日してしばらくは「他人の意見を素直に聞くことができず、聞けるようになって強くなった」とのこと。

アメリカは多民族国家なので、日本のように皆が一緒の価値感や常識といったものは存在せず、あらゆることを全て法で規制するしかなく、「すぐに裁判になりますし、自分の非を認めると損をする、という社会なわけです。だから僕も、いつの間にか『言い訳』することを覚えたのでしょう」というのは、なかなか興味深いお話。

「でも、碁の上達においては、『言い訳』はマイナスにしかなりません。言い訳するうちに、自分自身も騙されて、自分で自分の失敗がわからなくなってしまうからです。失敗を消化して同じことを繰り返さない、というプロセスを踏んでこそ強くなれるのです。その点では、日本は文化的に碁に向いているのかもしれません」との結論でした。

ちなみにレドモンド九段は、日本に来て間もない頃、タイトルを持っているトップ棋士が、「この手を間違えた」と自分の非を認め反省しているのを見聞きしたときに、「それこそ衝撃的に」驚いたそうです。

日本に来て一番のカルチャーショックだったとまでおっしゃっていました。

下の写真は、今年の「ヨーロッパ碁コングレス」(ヨーロッパで毎年2〜3週間にわたって開かれる囲碁のイベント。ヨーロッパの囲碁ファンが大勢集まり、ヨーロッパ各国の選手による大会や、プロの指導対局や講義など、さまざまな企画が盛り込まれます。今年の開催都市はポーランドでした)の様子。
指導に訪れたプロ棋士、大橋拓文六段からお借りしたものです。


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指導対局中。
囲碁は実力の上の人は白石を持ちますが、よく見ると、左側の大橋六段が、黒石を持っています。「僕は黒のときに一手目を天元に打つ(※天元とは碁盤のど真ん中の位置です。一手目をここに打つのは珍しい試みです)研究をしているんだ、と話したら、その試みと、自分が白でぜひ対戦してみたいと言われて。だから僕が黒を持ってるんです」と大橋六段。
日本人なら、どんな場合であっても、アマチュアがプロ棋士に向かって「自分が白で対戦したい」などとは、おそれおおくてとても言えません。さすがはポーランド人です。
快くOKした大橋六段も心が広い!


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指導対局の後の検討風景。左が大橋六段。
プロの指導を聞きもらすまいと、周囲の若者たちも、熱心に検討に加わっています。




・15歳で既に大きな実力差
──韓国・中国と日本の棋士教育


欧米ではなく、中国、韓国と比べてみると、日本は囲碁界でどんなポジションにあるでしょうか。

今、プロ組織を持っているのは、世界で4カ国。
成立した順に、日本、韓国、中国、台湾です。

20年ほど前までは日本の実力は世界一位でしたが、韓国に抜かれ、ついで中国に抜かれ、現在は三位といってよいでしょう。

日本の全盛期を知る年配のアマチュア囲碁ファンの方からは「日本の棋士は何をやっているんだ」という声が今も聞こえてきます。

でも、実はそう簡単なことではないのだ、ということが、私も10年ほど前からわかってきました。

日本が一位になれない理由の一つは、棋士を育てる環境にあります。

日本の場合、多くの棋士は高校に行きません。
中学を卒業するや囲碁の勉強に打ち込むためです。

このことに違和感を覚える方もいるかもしれませんが、なんと、韓国、中国の場合は、小学校にも行かずに囲碁道場に通う子供が多いといいます。

そこで、15歳の時点で、日本の子供と、韓国・中国の子供とでは、囲碁の実力に大きな差が開いてしまっているのです。

でも、「プロになれないかもしれないのに、子供を小学校にも行かせない」という決断は、日本人にはなかなかできないことだと思います。

さらに、プロになってからの環境も大きく異なるようです。

例えば中国では、プロの中でもトップ棋士たちは国家チームに所属し、その国家チームのメンバーは毎日、が管轄する「中国棋院」に集まり(多くはそこに寝泊まりし)、朝から晩まで、一緒に研究を重ねています。

中国の元エース、常昊九段(1976年生)は「一人の時間も強くなればなるほど必要ですが、集団で勉強するという行為は必要です。特にトップ棋士どうしの集まりは絶対に必要です。集団の研究のよさは、結論が出ることです。でも、ただ暗記するのではなく、自分の理解がなければだめですね。理解して整理して初めて吸収できる。そうでなければ忘れてしまいます」と話されています。

でも、それは、日本でいえば、井山裕太六冠(2)と、結城聡十段と、平成四天王(張栩九段(3)、山下敬吾九段、羽根直樹九段、高尾紳路九段)と、三大棋戦のリーグ在籍棋士たちが日本棋院に集まり、朝から晩まで毎日一緒に研究している、ということ。

そんな光景は、全く想像もできませんし、あり得ないことです。



・「芸」か「勝負」か
──独創的な一手を追い求める日本と、勝負にこだわる世界


囲碁の捉え方も、日本と、韓国・中国では大きく異なるようです。
中国出身の日本棋士、孔令文七段(4)のコメントを引用してみると……

日本の碁には、いわゆる「芸」を重んじる歴史があります。「定石の勉強や、答えの出る場面──詰碁やヨセ──の勉強だけしても芸は備わらない」という考え方が脈々と受け継がれているのです。この曖昧な考え方が、私も素敵な気がしていました。定石や詰碁やヨセだけやれば強くなるだなんて、「碁は、そんな狭いものじゃない」と言い切るのもまたカッコイイではありませんか。だから、答えの出る場面にではなく、答えの出ない無限の局面に挑戦するロマンに芸を求めてしまうのです。
でも、勝負の世界ならば、答えの出る場面を研究した方が絶対に有利であることが、世界の現状から知らされています。
(『碁ワールド』日本棋院。連載「勝負の赤壁」より)


乱暴にまとめると……

日本の棋士は、序盤から妥協せず、最善の一手、美しい一手、自分にしか打てない独創的な一手を追い求める。

そのために持ち時間をどれほど使っても惜しまない。
その美意識が孔令文七段が言っておられる「芸」なのです。

そして繰り出された一手によって、ファンは感動し、局面も優勢になる。

ところが中盤以降に時間がなくなり、うっかりミス…うっかりとはいえ致命的なミスをして負けてしまう。

それでも、「あの一手は魅せてくれた」とファンは喜び、「勝負には負けたが、碁では勝っていた」と満足する。

これが、国内戦の話なら誰も何も言わないのだが、世界戦の場合になると、ファンの声も「なぜ負けるんだ」と変わってくる……

つまり、日本人は勝負より「芸」や「ロマン」を求めてきた。
ということでしょうか。

今も、囲碁を「勝負」か「芸」かと問えば、日本棋士の何名かは「芸」と答えるのではないかなと想像します。

「勝負だが、芸でもある」と中庸の回答をする棋士も多いでしょう。

でも、世界の一線で活躍する韓国・中国の棋士はおそらく全員が迷わず「勝負」と断言するでしょう。

どちらを追い求めてきたのか。
その結果が今表に出ている。ということなのかもしれません。

さて、今年は井山裕太六冠が、「テレビアジア囲碁選手権」という世界戦で、日本人として久々の優勝。という嬉しいニュースがありました。

「世界で勝つ」という強い志を抱く若手棋士も増えています。
これからは、これまでより、日本勢が「勝負」にこだわる時代がやってくる、という予感がします。

「囲碁と日本人」というタイトルからは少しそれてしまいましたが、最後に、孔令文七段のコメントをもう一度引用させていただいて、今回は終わりにします。

日本の碁は、感覚的なもの──一例として、相場感覚や布石の段階での判断力──において、特殊な優れた能力があります。「碁は広く、どの分野も非常に奥深い」という日本の碁の考え方を、私は今も捨ててはいませんし、日本の碁が素晴らしいという気持ちは一度も揺らいだことはありません。(略)

日本は対局を楽しむアマチュア囲碁ファンが大勢います。囲碁を通して多くを学ぶことができるという伝統的な文化があります。これは確実に中国や韓国より優れており、羨ましがられている側面であり、決して絶やしてはならないものです。また、伝統的な日本の魅力である「芸」もまた衰退させてはなりません。日本としては、誇りを持ってこれらを後世に世界に広めていくべきだと私は思っています。(略)

日本の「芸」に憧れ、でも世界で勝てなくなってしまった現状に悶々としていた私に、父(聶衛平九段(5))の言葉はとても響くものでした。「碁が後世に残るとしたら、絶対に『芸』であってほしい。日本の囲碁界が証明してきたように、残るものは必ず『芸』だ。でも、今を勝ち抜きたかったら『勝負』にこだわるしかない」。私は、いい言葉だと思っています。そして、前向きに、囲碁界のために私にできることは全てやっていくつもりです。



位置情報棋士、一言紹介(プロフィールは日本棋院のHPをご覧ください!)

(1)マイケル・レドモンド九段
(2)井山裕太六冠
(3)張栩九段
第2回「囲碁」とコンピュータ 参照。

(4)孔令文(こう れいぶん)七段
中国出身。来日後、日本帰化。中国時代を「当時は、ケ小平さんが、父と僕をかわいがってくださっていて、そんな中で育った僕は、世間を知らなければ、礼儀も知らず、本当にやりたい放題でした」と振り返る孔七段。「母(※中国女流棋士の先駆的存在、孔祥明八段。国家チームのコーチも長年つとめる)は、このまま中国にいてはこの子はダメになると思ったのでしょう(笑)、僕を日本に送り込んだのです」と語る。本文最後に引用した言葉のとおり、日中のパイプ役を買って出て、日本の若手陣の中国遠征や、中国の大会への出場を実現させ続けている。熱い心を持った有言実行の人。

今をときめく井山裕太六冠も、小学生のころ強い中国に遠征したことがあります。そのとき出場した子供大会での成績は、出場選手中、真ん中あたり。生まれて初めて自分より年下の子供に負けるというショッキングな体験も。以来「どんなにもてはやされても、世界に出れば僕は真ん中あたり、と思っていましたから、慢心することは一度もありませんでした」と語っています。
孔七段の「日本の若い人たちにも、井山さんのように、強い中国を肌で感じて欲しい。その経験は、必ずこれからの囲碁人生に役立つ」という言葉には説得力があります。

(5)聶衛平(じょう えいへい)九段
中国が現在のプロ制度になってからのプロ第一号。世界最強棋士の一人。1984年から始まった日本と中国の勝ち抜き制の団体対抗戦「日中スーパー囲碁」で主将をつとめ、中国を三連勝に導くなどの大活躍。「鉄のゴールキーパー」の異名をとり、日本にも広く知れ渡りおそれられた。当時は国民的大スターにして英雄で、その人気は「日本で言えば、長嶋茂雄人気と美空ひばり人気を足したぐらい」(孔令文七段)という圧倒的なものだった。現在は囲碁道場を開き、後進の指導育成にも多大な力を注いでいる。


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2013年11月29日

第5回:「囲碁」とオリンピック


11月初旬に公演があり、ブログ更新、1か月お休みいただきました。

この約2カ月の間に、囲碁界では井山裕太さんが名人位を奪取して再び六冠に。
そして昨日、11月28日に「天元戦」の五番勝負を3−0のストレートで防衛。
夢の大記録「七冠」がまた見えてきました。

とはいえ、現在進行中の「王座戦」(五番勝負)を防衛し、新年からスタートする「棋聖戦」の七番勝負を防衛し、その間に「十段戦」の挑戦者に勝ち上がり、結城聡十段に勝つ、という長く険しい道のり。

100年に1人とも200年に1人とも日本囲碁界の「奇跡」とも言われる大天才の前人未到の挑戦を皆さんとともに見守りたいと思います。

さて、4年前とは大違いの大興奮のなか、2020年のオリンピック・パラリンピック東京招致が決定しました。

今回は「囲碁とオリンピック」というタイトルにしてみます。



・囲碁は「マインドスポーツ」

2008年、囲碁界では嬉しいビッグニュースがありました。
「囲碁がオリンピックに参加」というものです。

「え? なんのこと?」と思われる方が多いでしょう。
一般的にはほとんど知られていないかもしれません。

日本ではあまり馴染みがありませんが、世界には「マインドスポーツ」という概念があるようです。

体の運動能力ではなく知力を競うのが、「マインドスポーツ」。

国際オリンピック連盟が認定するスポーツ競技には、夏季・冬季オリンピックの正式種目となっている競技(フィジカルスポーツ)のほかに、ブリッジやチェス(マインドスポーツ)が含まれているのだそうです。

そして、実際に開催されたのです。
通称、頭脳オリンピック、正式には「第一回ワールドマインドスポーツゲームズ」は、2008年10月3日から18日の16日間、中国の北京市で行われました。

IMSA(国際マインドスポーツ協会)主催によるマインドスポーツの国際競技会。その記念すべき第1回大会でした。


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「智力運動会」の文字が端的。ⓒ日本ペア碁協会


競技種目は、IMSA加盟の囲碁、ブリッジ、チェス、チェッカーと特別参加のシャンチー(中国将棋)の5競技35種目。

もう5年も前の話ですが、私もこの「頭脳オリンピック」に後半の10日間取材に行きました。懐かしがりながら少しだけ振り返ってみようと思います。

会場は、同じ年の8月のオリンピック、9月のパラリンピックでも使用された北京国際コンベンションセンターや国家会議センター。

建物が巨大で、方向音痴の私は、報道関係者用の部屋(ほとんどの時間は、そこでパソコンに向かっていました)から「覚えていられるだけ足を伸ばして、来た道を戻る」というやり方で会場内の探検に出かけましたが、ついぞチェスやチェッカーの競技場には辿りつけませんでした。


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「鳥の巣」の愛称で親しまれた北京国家体育場もよく見えました。ⓒ日本ペア碁協会


囲碁の種目は男女個人戦、男女団体戦とペア戦(男女がペアになって対局)。
60の国や地域から560人が参加しました。

さて、60か国と聞いて驚かれる方もあるかもしれません。
そうなのです。

囲碁 -GO- は今や世界のゲームといってもよいでしょう。


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開会式 ⓒ日本ペア碁協会


ヨーロッパでは、ドイツやオランダなど、江戸時代や明治時代に日本と行き来のあった国を中心に囲碁が盛んになったのではないかといわれています。

アメリカでは、日系人のほかに、ドイツから渡ってきたユダヤ系の物理学者が囲碁を広めたのではないか、というのがアメリカ出身のプロ棋士マイケル・レドモンド九段(1)の推測です。

その後、インターネットの普及にともない、飛躍的に世界に広まっていきました。

世界アマチュア選手権戦という大会は実に1979年から毎年開催されており(2003年のみSARS問題で中止になりました)、はじめは15か国の参加だったのですが、年々増えてゆき、今では70か国に届く勢いです。

開催地は日本か中国。
今年は仙台市で行われました。

インド代表の女性が囲碁の魅力を「ギブ・アンド・テイクのゲームであるところです」と語っていたのが印象的です。

独特の棋風から世界中にファンの多い武宮正樹九段(2)は、大会審判長をつとめる機会が多いのですが、「囲碁を打つ国には戦争がないんだよ。内戦が絶えない国の人は碁を打たないんだ。だから、みんな碁を打てばいいのにと思うよね」とよく話されています。



●「囲碁」でオリンピックへ!

話をオリンピックに戻しましょう。

日本勢は男女ともに団体戦で銅メダル。
全競技を通じても、メダルはこの2つでした。

結果はともあれ、143の国や地域から約3000人が参加した「智の祭典」が実現したことは画期的な出来事と興奮したものです。

ただ、第1回大会の成果は、中国政府と北京市の全面支援というバックアップ体制によるところが大きかったのでしょう、その後の運営には課題も多くあるようです。

第2回ワールドマインドスポーツゲームズは、2012年8月9日から23日にフランスのリールで開催されましたが、95の国や地域から2000人が参加、と規模は縮小されたもよう。

囲碁界もプロ棋士は参加しないことになり、また、中国と韓国からは参加者なし、と少し寂しい大会になりました。

日本の囲碁競技への参加者も、「六段以上の希望者」を募る形で渡航費も滞在費も自費だったために、男性5名、女性1名と小編成でした。

それでも、「ペア戦」で大澤摩耶さん・中曽根理樹さんペアが見事に金メダルぴかぴか(新しい)。大澤さんは個人戦でも銀メダルぴかぴか(新しい)を獲得する大活躍でした。


表彰式.jpg
表彰式 ⓒ日本ペア碁協会


大澤さんは「姉に行くといいよと薦められて。姉がそう言うなら、と」参加を決めたそうです(お姉さまはプロ棋士の大澤奈留美四段(3))。

「他に誰が来るかなぁと楽しみにしていたら、女性は私だけ(笑)。少し寂しかったですが、友人もおおぜいでき、よい時間を過ごせ参加して本当によかったです」と話されています。

「ペアを組んだ中曽根君とは現地で初めて会い、一回練習しただけでしたが、そのときに周囲から強いペアだと言われて『けっこういいのかな』とその気になれた」のが勝因だそうです。(大澤摩耶さんのブログもご覧下さい)


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ペア碁 日本-アメリカ戦 ⓒ日本ペア碁協会


第3回は、ブラジルでの開催が予定されています。

「頭脳オリンピック」という響きには魅力を感じますし、「マインドスポーツ」という言葉にも人の可能性が秘められているようで魅かれます。

まだスタートしたばかりですから、問題や課題が山積みでしょうが、一つ一つ模索しながら乗り越えて、とにかくこの大会が続いていってほしいと願っています。

あれほどオリンピックの東京招致に無関心だった日本人が、たった4年で変貌したことを思えば、頭脳オリンピックが世界の人々に認知され浸透し人気を博すことも夢ではないと期待しつつ。

2020年は東京開催でしょうか!? 
皆さんも今から碁を始めて、オリンピックを目指してはいかがでしょう!



位置情報棋士、一言紹介(プロフィールは日本棋院のHPをご覧ください!)

(1)マイケル・レドモンド九段
第2回「囲碁」とコンピュータ 参照。

(2)武宮正樹九段
「私が武宮さんに対してすぐ思うことは『一人で世界の碁を変えた』ことです」と評したのは王銘琬九段(第3回「囲碁」と演劇 参照)。
「まだプロ棋士になる前、小学生のときに、中学生だった武宮さんに打ってもらったことがあるんだけど、同じゲームをしていると思えなかった」と語ったのは石倉昇九段(第3回「囲碁」と演劇 参照)。
盤上に展開される独自の世界観は「宇宙流」と命名され、その一流の感性から、天才である棋士たちに「天才」と呼ばれる人。
「名人」「本因坊」をはじめとする数々の国内タイトル獲得の他、プロ棋士による初の世界選手権戦・富士通杯の第1回・第2回で優勝するなど全盛期は世界に君臨。碁盤を離れても・・・・・・バックギャモンの大会で優勝したこともあれば、スキー、テニス、ゴルフも玄人はだし。歌も抜群。最近は社交ダンスに夢中で毎日3時間のレッスンを欠かさない。還暦をすぎても若々しく陽気で、武宮九段のいる場所はいつも南国のよう。


(3)大澤奈留美四段
女流鶴聖というタイトルホルダーだったこともある実力者。
今日本の女流囲碁界をけん引する謝依旻女流名人・女流棋聖が台湾から来日したばかりのころ「一番の仲よし。本当のお姉さんのよう」と慕っていたのが印象的。最近はヨーロッパへの囲碁普及の旅にもでかけています。(来月、とある忘年会でご一緒することになっているので、ヨーロッパ囲碁事情など、詳しく伺ってきます!)


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■『わが天才棋士・井山裕太』(石井邦生・著)
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2013年09月27日

第4回:「囲碁」と女性


今月8日、アマチュアの女性だけの囲碁大会、第一回「勝負美人杯」が開催され、東京・市谷にある囲碁総本山、日本棋院に応援に行ってきました。

女性の大会といえば、「全日本アマチュア女流選手権」が有名です。

第一回が1959年(!)という長い歴史を持ち、文字通り、全国の予選を勝ち上がった強〜い女性が一堂に会する大会で、歴代優勝者からは何人もプロに転向しているほど、ハイレベルの戦いが繰り広げられます。


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「そこまで強くなくても、囲碁が好きな女性なら誰でも参加できるような大会をつくりましょう」というのが、今回の「勝負美人杯」

六段以上のクラスから、入門したばかりのクラスまで、棋力(囲碁の実力)別に対局する方式で、参加者は20代からなんと80代まで。
皆さん真剣な美しい表情で対局を楽しまれていました。

大会幹事役のお一人、石井恵子さんは、「勝負美人」の名付け親でもあります。
「真剣に戦う人は美しいので」と、元々は大会のキャッチコピーとして考えられたそうです。

「美人じゃないと出場できないんですか? という問い合わせが多かった」
と笑う石井さん。

「ご自分で美人と思えばどなたでも参加できます、とお答えしました。そうしたら、こんなに集まってしまって」とユーモアたっぷり。

参加申し込みは、予定していた「定員200人」をあっという間にオーバーして250人になり、急遽、借りる部屋を増やして対応されたようです。

「長野や福島や岐阜の飛騨高山からも参加者がありました。これから、もっと全国的な大会になってほしいと思っています」とのこと。
これからも楽しみな大会です。


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●囲碁で読み解く『源氏物語』のヒロイン像

さて、囲碁をあまり知らない方にとっては、250人もの女性が集まって対局している光景は、想像できないものかもしれません。
中には、「囲碁は男性の遊び」と思い込んでいる方もいるかもしれません。

でも実は、囲碁はかなり女性に向いているゲーム。

そして、歴史を振り返れば、中世の頃から、女性たちは囲碁に夢中になっていました。

有名なところでは、紫式部
相当な囲碁好きだったと想像できます。

『源氏物語』にも女官たちが囲碁を打っている描写がありますが、ポイントは、それが一か所ではないこと。
囲碁を打つヒロインが何人も登場しているということです。

例えば、さっそく第三帖に登場する囲碁シーンでは、ヒロイン「空蟬(うつせみ)の対局姿に、17歳の光源氏がみとれてしまうわけで、彼女は「勝負美人」だったようです。

のぞき見していた光源氏の気配を察した彼女が、薄衣を脱ぎ捨て逃げてしまい、あとに残された衣を蟬の抜け殻に例えたのが「空蟬」という呼び名の由来ですが、それはさておき……。

『源氏物語』は、時代、時代で何回も「現代語」に訳されていますが、実は、この空蟬が囲碁を打っているシーンの訳が正確ではないことが、最近わかってきました。

訳した方は、囲碁をあまりご存じなかったのかもしれませんね。
というわけで、囲碁観戦記者の秋山賢司さんによる最新版の訳は…


  

碁はあらかた打ち終わり、ヨセに入ったあたり、軒端荻(のぎばのおぎ)は心せく様子で、たいそうざわついていたが、奥にいた空蟬はもの静かな調子でやんわりと、"ちょっとお待ちなさい。そこはセキですよ。こっちのコウが残ってますよ"という。

しかし軒端荻が、"この碁は負けたわ。さあさあ、この隅もあの隅も数えましょうよ"と、指を使って、十、二十、三十、四十、と地の計算をする様子は、伊予の道後温泉の湯船(数の多いことで有名)を数えるような調子である。
(『碁のうた 碁のこころ』講談社から抜粋)

  *



ここに登場する「ヨセ」「セキ」「コウ」は、囲碁を始めれば、わりとすぐに覚える囲碁の用語です。

そして、碁が少し強い人には、空蟬が「そこはセキですよ……」と教えてあげている様子から、彼女がなかなか強いということもわかるのですね。

というか、何より興味深いのは、この様子が、囲碁ファンならば手にとるように想像できるということ。

なぜなら、現代の碁会所や囲碁サロンでも、これと全く同じような光景が繰り広げられているからです。

乱暴ながら、今風にさらに意訳してみるとこんな感じでしょうか。


軒「もう打つところないですよね。じゃあ、ダメをつめようっと(と打つ)」

空「そこは、セキだから、打ったら損しちゃう」

軒「あ。そっか」

空「ここのコウを取ったら?」

軒「もういいですよ。(コウを)ついでください。
 どうせ負けですから。この隅もこっちの隅の白地も大きいし、
 全部で100目ぐらいあるんじゃないですか」



女性が囲碁に夢中になる様は、千年の時を経ても変わらないのだなあと可笑しく、そして、さらに想像してみると、紫式部は空蟬以上に碁が強かったでしょうし、何の注釈もつけずにこんな描写をしていたということは、当時の読者の中には碁を打つ人がけっこう多く、しかも、この可笑しさを解せるほどに皆さんそれなりに強かったのではないか。

そう考えると嬉しくなってきます。


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第一回勝負美人杯の一番強いクラスで優勝した小田彩子さん



●女性が「囲碁」にハマる理由(わけ)

では、囲碁のどういう点が女性に向いているのでしょうか。

石倉昇九段は「スポーツに例えると、将棋は短距離走、囲碁はマラソン」とおっしゃっています。

また、将棋は王様を取るか取られるか、つまり「百対0」か「0対百」で勝負がつきますが、囲碁は「51対49」のように、相手にも与えるゲーム

道中の景色を楽しみながら、対戦相手と共に作品を創る「平和のゲーム」である点が、女性に向いているのでしょう、という説です。
たしかに、一理あります。

ただ、少し美しすぎる見解かも、とも思います。

子供のころは、男の子同士で対戦すると戦いの碁になり、女の子同士で対戦すると穏やかに陣地を分け合う碁になることが多いようです。
ところが、大人になると、男性より女性のほうが戦いを挑むことが多いような気がするのは私だけでしょうか。(たぶん違いますよね。笑)

このあたりをどう分析すればよいのか……まだ結論は出ていないのですが……普段、がまん強く生きている女性が、盤上では思う存分「野心」を爆発させる、のではないかと想像することもできる気がします。

また、男女差があまりないことも、女性の知的好奇心をくすぐるのでしょう。

プロの世界でも、将棋と違って囲碁は男女が同じ土俵で戦います。

芮廼偉(ぜい のい)九段(1)のように、韓国のトップ棋士たちを負かして大きなタイトルを獲るほどの女流棋士も現われました。

囲碁が、「もっと強くなれる」「もっと強くなりたい」という前向きな気持ちを受け止めてくれる世界だということが、女性を虜にする大きな理由であることは間違いないでしょう。


(1)芮廼偉(ぜい のい・ルイ・ナイウェイ)九段
1963年中国生まれ。中国で世界初の女性の九段となるも、「もっと囲碁を打てる環境」を目指して1990年に日本に移住。
さまざまな事情から公式戦を打つことが叶わない中、1992年、応昌期杯(台湾の応昌期さんが私財を投じて創設。4年に一度開催。世界中のトップ棋士が参加。優勝賞金40万ドル)に招待されベスト4に進出。準決勝戦で日本の大竹英雄九段に敗れたときに流した涙は「負けたからではなく、また(公式戦で)碁を打てなくなる寂しさ」だったことは碁界で有名な逸話。その後、ご主人の江鋳久九段とアメリカに移住。1999年に韓国に客員棋士として招じ入れられ、翌2000年にタイトル「国手」を奪取。2011年帰国。



芮廼偉さんの波乱に満ちた激動の半生は、とても少ない紙面では語りきれません。

「鉄の女」の異名をもつ史上最強の女流棋士・芮廼偉九段と聞けば、近寄りがたい印象を持たれるかもしませんが、ひとたび碁盤を離れれば、ひとなつこい笑顔で気づかいにあふれ、ほんわりと優しく、なぜか「放っておけない」と思わせる不思議な魅力に包まれています。

仲良しのご主人、江鋳久(こう ちゅうきゅう・ジャン・ジュウジォウ)九段といつも一緒で、ユーモアあふれるお二人のまわりには暖かい笑いが絶えません。
ご夫婦そろって日本語も堪能です。

一度取材させていただいたとき、「ご主人はどのような存在?」と尋ねると、
「普通はみんなどう言うのですか?」と照れてから「そばにいないといけないでしょう。外出するとき一緒に来てくれないとイライラして」というご返答。

すると隣で江九段が
「道を知らないから。道に迷うから(笑)」。

「ご主人は、何も言わなくても全部わかってくれる?」と追いうちをかけると、「えーと、そこまではできないでしょう(笑)。でも、私にとって何が一番大切なのかをわかってくれている。だから、今までずっと碁を打ってくることができたと思っています」。

今も中国棋院で後進の指導にあたりながら、日々研鑽を積まれていらっしゃいます。



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