ただ今、プロの囲碁界では、棋聖戦(読売新聞主催)のタイトルマッチが行われています。
優勝賞金4500万円は囲碁界最高。
棋聖位を獲ると棋士序列も1位。
文字どおり最高峰の対局舞台です。
棋聖は井山裕太六冠、挑戦者は山下敬吾九段。
タイトルマッチは七番勝負(先に4勝した方が勝ち)で、私は2月20日、21日に打たれた第4局の観戦記を担当させていただきました。
今回は、七番勝負の現場をご紹介しようと思います。
■最高の舞台「棋聖戦」
今年は、第1局がスペインで打たれ話題を集めました。
井山棋聖が3連勝し、そのままストレート勝ちで防衛してしまう勢いでしたが、第4局の対局地は山下九段の地元、北海道。
ファンの応援にも勇気づけられたのでしょう、1勝を返しました。
ちなみに、2月26、27日の第5局も山下九段が勝ち、3月2日現在は、井山六冠の3勝2敗という状況です。
はじめに「持ち時間」のお話を。
棋聖戦、名人戦(朝日新聞主催)、本因坊戦(毎日新聞主催)が三大タイトルと呼ばれます。
2日かけて対局するのは、世界中でこの3つのタイトル戦だけ。
持ち時間が一人8時間という対局も、世界中で三大タイトルの他にありません。
昔は、のんびりしていましたので、「持ち時間」などありませんでした。
江戸時代の対局は、「一日お休み」したりして、何日もかけて1局の碁を打っていたようです。
持ち時間を設定するようになってからも、昭和8年には、持ち時間一人24時間、13回打ちかけて、4ヵ月かけて打った記念対局もありましたし、昭和14年から始まった有名な「十番碁」は、一人13時間で3日かけたそうです。
こうした歴史を踏襲し、現在の「一人8時間。2日制」が整ったのでしょう。
中国や韓国では3時間、1時間が主流になりつつあると聞きます。
世界戦(国際戦)もほとんどが3時間以内ですので、これに慣れる意味もあって、日本の棋戦ものきなみ持ち時間を短縮する流れになっています。
その中での「8時間」には、「単に勝ち負けを競うのではなく、内容が濃いものを目指す」という日本の美学が込められているように思います。
中国や韓国のトップ棋士から「日本の三大タイトル戦を打ってみたい」という声を耳にすると、少し誇らしい気分になります。
*
さて、棋聖戦第4局です。
棋士によって、また対局地によっては、対局日の前々日に現地入りして、ゆっくり体調を整えることもありますが、今回は全員、前日に北海道、帯広市に到着しました。
立ち合い、新聞解説、記録、現地大盤解説などの役を担った対局者以外の棋士たち、新聞社の方、雑誌記者、ネット記者、日本棋院の職員、NHKスタッフなどなど、総勢20名を越える大所帯です。
少し以前の棋士は、ピリピリした空気をまとっていらっしゃいました。
対局者どおしの顔を合わせないように、移動の電車の車両を変えるなどの配慮もしていたほど。
でも、今30代の世代のあたりから、逆に周囲の関係者に気を配ってくださるような棋士が増えてきました。
時代の流れを感じます。
前日のスケジュールは、2つ。
対局室の下見と地元ファンを集めた前夜祭です。
写真は下見の儀式。
向かって右が井山棋聖、左が山下挑戦者。
正面中央は立ち合いの宮沢吾朗九段(さかなクンのお父様です)、左は記録係の鈴木伸二四段、右が藤村洋輔初段。
碁盤や碁石に問題はないか、対局者にチェックしてもらうのですね。
地元の方から高価な碁盤・碁石をお借りすることもあり、まれに碁石が高価すぎて(高価な碁石はふっくらと厚みがあります)「持ちにくいので別の石にしてください」という要望が出ることがありますが、今回は、日本棋院所有のタイトル戦専用の盤石。儀式は1分ほどで終了しました(笑)。
今回同行した棋士はほとんどが北海道出身。
ということもあり、前夜祭会場に集まった方たちは終始笑顔。
地元の山下九段はもちろん、井山六冠もたちまちファンに囲まれて、何枚も記念撮影をしていました。
ちなみに、前夜祭は、いよいよ勝負が煮詰まる第6局、第7局では行われないことがほとんど。棋士たちに気づかいをさせない配慮です。
今回は山下九段はカド番に追い詰められていたわけですが、「北海道での対局を楽しみにしていいたのですが、まさかこんなに苦しい状況で迎えることになるとは想定していませんでした。気が重かったのですが、こうして地元の皆さまに暖かく迎えていただいて、明日から気持ちよく対局に臨めます。井山さんは人間がとてもできているので、地元で僕をいじめるようなことはしないと思います」とユーモアを交えたあいさつで会場を沸かせていました。
前夜祭会場に1時間ほどとどまった後、対局者は退室し、分かれてそれぞれ関係者と夕食。私は井山棋聖とご一緒させていただきました。
六冠を獲ったことで、この1年「情熱大陸」や「プロフェッショナル」などのテレビ番組にも取り上げられた井山棋聖。「少し疲れたので、今年は取材に応じるのを控えようかなと思ってます」などなどの話をにこやかに話されていました。
■対局開始
翌朝9時。
いよいよ対局開始です。
先に打つのは黒で、第4局は井山棋聖が黒。
黒の1手目、白の2手目、黒の3手目……と数えていくわけですが、16手目で39分の長考(長く考えること)。この白の手を発端に難解な戦いに突入すると、21手目では46分、24手目で50分、29手目で55分と、お互いに時間を存分に使って考え、盤面はほとんど動かず。
午後4時50分に、山下九段が「次の手を封じます」と宣言して一日目が終了。
結局一日かけて30手しか進みませんでした。
(左)控室で検討する棋士たち (右)控室隣の記者席
「次の手を封じます」について補足しましょう。
2日制の対局では、1日目の最後の一手を、盤上ではなく、棋譜(対局の手順を紙に記録したもの)に書き込みます。もちろん、誰にも見せないように、です。
次の手が書き込まれた棋譜は、折りたたまれて封筒に入れられ、立ち合い人に手渡されます。
これを立ち合い人が一晩保管し(実際には宿の金庫などに預けるのですが)、翌朝、立ち合い人が封を開けて棋譜に書き込まれた次の手を発表するという流れ。
この一手を「封じ手」と呼んでいます。
「封じ手」を巡っての駆け引きは、2日制ならではの見所の一つ、対局者にとっては気を使うところです。
あまりにも難しい場面で封じると、一晩考えているうちにもっといい手を見つけてしまい後悔する可能性もあります。
反対に、あまりにもわかりやすい場面で封じると、相手にその次の手を一晩じっくり考えられてしまいます。
また、棋聖戦では、午後5時半の時点で手番の人が次の手を必ず封じなければいけない決まりですが、4時半を過ぎたらいつ封じてもよいという決まりもあり、その場合は、5時半までの時間が折半されます。(例えば4時半に封じた場合は、5時半までの1時間を折半。両対局者が30分ずつ使ったことに)
それゆえ、自分の持ち時間も減るわけですが、相手の持ち時間を少しでも減らしたい場合に早めに封じるという作戦も立てられるわけです。
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かつて、坂田栄男23世本因坊と藤沢秀行名誉棋聖という歴史に残る大棋士二人の名人戦では、封じ手を巡る有名な攻防がありました。
お二人は、犬猿の仲でも有名でした。
坂田先生は封じたくないので、打つ手は決まっていながら打たずにいて、「定刻」のぎりぎり直前に、相手を考えさせる難しい手を打ち下ろしました。
「定刻」になったら次の手を封じなければなりません。
秀行先生は「そうはさせじ」とすぐに次の手を打ちました。
すると、坂田先生がすかさずまた次の手を打ったのです。
秀行先生が「頭にきた」瞬間に「定刻」。
頭にカッカと血がのぼった状態で次の手を封じることになり、これが、「敗着」になってしまったようです。
坂田先生は後年「幼いことをした」と振り返っておられます。
最近では、残念ながら(?)、こんな光景が見られることは滅多にありません。
今回も、「封じるタイミングとしては、味がよい」との評判でした。
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打ちかけの夜も、両対局者は分かれて、それぞれ夕食。
この日は山下九段と同席させていただきました。
打ちかけの日の夕食の席は、少し気を使います。
一日目を終えた時点で明らかに劣勢の側の棋士と同席する場合は特に、です。
かつて、趙治勲25世本因坊は、ご本人は意識していないのでしょうが、頭の中の碁盤をじっと見つめて集中している感じ。
料理に目を向けることもなく、ずっと黙り込んでいるのです。
30分ほど経って、ようやくこちらの世界に下りてきてくださり、ホッとしたものです。
でも、今回、山下九段は大丈夫でした。
「依田先生の息子さんは、小6だけど、マイ包丁を持っているそうだ」などという話をしながら、明るく過ごしました。
ちなみに、井山六冠も山下九段も、アルコール
昔と比べてばかりですが、最近のトップ棋士はお酒を飲まない人が多いです。
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二日目は、両者7時間59分使い、残り1分の「秒読み」をされ続けながら(59秒以内に打てば、切り捨てで0分消費という扱いになります)、午後8時7分までの熱戦となりました。
結果は山下九段の半目勝ち。
最少差での決着でした。
(興味のある方はぜひ読売新聞朝刊の囲碁欄をご覧ください!)
写真左は終局後の検討。
終局した後は、お互いの陣地を数えやすいように、石を動かして整えます。
ですから、終局したときとは全く違う形になります。
その状態で、両対局者が、盤上を指しながら、「この手がこうでしたね」と感想を言い合うのはよくある光景。でも素人にはどの手がどうなのか、サッパリわからなかったりします。
少しして、対局場面を一部再現しながらの検討が始まりました(写真右)。
これなら、少しは話についていけます。
一勝を返した山下九段は嬉しそうでした。
打ち上げの後は早々と自室に戻り、次局に備えます。
井山六冠は、毎局そうなのですが、控室で若手棋士たちと検討。
夜中の1時半まで
若さと囲碁への真摯な探究心に改めて感動しました。
翌日は、両対局者は早朝に帰宅。
その他の棋士たちは「棋聖戦帯広対局記念イベント」に向かいました。
アマチュア棋聖戦の他、指導対局、親子入門教室の企画に、地元ファンが集まり、明るく賑やかなひとときでした。
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ここからは余談です。
イベントが終わり、飛行機
そこで向かったのが、ばんえい競馬。
農耕馬による競馬で、ウィキペディアによると「日本国内の公営競技(地方競馬)としては北海道帯広市が主催する「ばんえい競馬(ばんえい十勝)」のみが行われており、世界的にみても唯一となる形態の競馬」とあります。
ばんえい競馬とはいえ、生まれて初めての競馬場でした
同行したのは、宮沢吾朗九段とやはり競馬経験ゼロの加藤充志九段と新聞社のO氏です。
O氏 「お客さんはスタートラインに立って馬と一緒に走るんですよ」
加藤 「え? どういうことですか?」
O氏 「そのぐらい遅いんだよ(笑)」
わけもわからず連れてこられた加藤九段は、サラブレッドたちが走る普通の競馬を思っていたようです。我らの目の前で、急に走るのをやめて休憩してしまった馬を唖然と見つめ、「…何これ…」。
そして、じわじわと笑顔が広がると「俄然やる気がでてきた!」。
宮沢 「自分の名前(※ゴロー)が入った馬にしようと思ったけど直前に
やめちゃったら、5番と6番の「ゴロー」がきちゃったよ!」
加藤 「わはははは」
宮沢 「どこで止まるかわかんないんだよ。2つ山を越えたからそのまま
いくのかと思ったら、そこでも止まっちゃうんだもん」
加藤 「わはははは」
30分に1度のレースを2レース興じて、飛行場へと向かったのでした。
*
さて、演劇公演も迫っております。
3月27日初日
これから怒涛の日々。
というわけで、勝手ながら、次回は1回こちらのブログをお休みさせていただこうと思います。
↓↓↓ 公演、お時間ありましたら、ぜひお越しください! ↓↓↓
かもねぎショット公演
高見亮子新作『エッシャーの家』ご予約受付中!
3月27日(木)〜31日(月)@下北沢 小劇場楽園
チケット予約専用アドレス
kamonegishot_ticket@yahoo.co.jp
※公演詳細は かもねぎブログへ

