今月8日、アマチュアの女性だけの囲碁大会、第一回「勝負美人杯」が開催され、東京・市谷にある囲碁総本山、日本棋院に応援に行ってきました。
女性の大会といえば、「全日本アマチュア女流選手権」が有名です。
第一回が1959年(!)という長い歴史を持ち、文字通り、全国の予選を勝ち上がった強〜い女性が一堂に会する大会で、歴代優勝者からは何人もプロに転向しているほど、ハイレベルの戦いが繰り広げられます。
「そこまで強くなくても、囲碁が好きな女性なら誰でも参加できるような大会をつくりましょう」というのが、今回の「勝負美人杯」。
六段以上のクラスから、入門したばかりのクラスまで、棋力(囲碁の実力)別に対局する方式で、参加者は20代からなんと80代まで。
皆さん真剣な美しい表情で対局を楽しまれていました。
大会幹事役のお一人、石井恵子さんは、「勝負美人」の名付け親でもあります。
「真剣に戦う人は美しいので」と、元々は大会のキャッチコピーとして考えられたそうです。
「美人じゃないと出場できないんですか? という問い合わせが多かった」
と笑う石井さん。
「ご自分で美人と思えばどなたでも参加できます、とお答えしました。そうしたら、こんなに集まってしまって」とユーモアたっぷり。
参加申し込みは、予定していた「定員200人」をあっという間にオーバーして250人になり、急遽、借りる部屋を増やして対応されたようです。
「長野や福島や岐阜の飛騨高山からも参加者がありました。これから、もっと全国的な大会になってほしいと思っています」とのこと。
これからも楽しみな大会です。
●囲碁で読み解く『源氏物語』のヒロイン像
さて、囲碁をあまり知らない方にとっては、250人もの女性が集まって対局している光景は、想像できないものかもしれません。
中には、「囲碁は男性の遊び」と思い込んでいる方もいるかもしれません。
でも実は、囲碁はかなり女性に向いているゲーム。
そして、歴史を振り返れば、中世の頃から、女性たちは囲碁に夢中になっていました。
有名なところでは、紫式部。
相当な囲碁好きだったと想像できます。
『源氏物語』にも女官たちが囲碁を打っている描写がありますが、ポイントは、それが一か所ではないこと。
囲碁を打つヒロインが何人も登場しているということです。
例えば、さっそく第三帖に登場する囲碁シーンでは、ヒロイン「空蟬(うつせみ)」の対局姿に、17歳の光源氏がみとれてしまうわけで、彼女は「勝負美人」だったようです。
のぞき見していた光源氏の気配を察した彼女が、薄衣を脱ぎ捨て逃げてしまい、あとに残された衣を蟬の抜け殻に例えたのが「空蟬」という呼び名の由来ですが、それはさておき……。
『源氏物語』は、時代、時代で何回も「現代語」に訳されていますが、実は、この空蟬が囲碁を打っているシーンの訳が正確ではないことが、最近わかってきました。
訳した方は、囲碁をあまりご存じなかったのかもしれませんね。
というわけで、囲碁観戦記者の秋山賢司さんによる最新版の訳は…
*
碁はあらかた打ち終わり、ヨセに入ったあたり、軒端荻(のぎばのおぎ)は心せく様子で、たいそうざわついていたが、奥にいた空蟬はもの静かな調子でやんわりと、"ちょっとお待ちなさい。そこはセキですよ。こっちのコウが残ってますよ"という。
しかし軒端荻が、"この碁は負けたわ。さあさあ、この隅もあの隅も数えましょうよ"と、指を使って、十、二十、三十、四十、と地の計算をする様子は、伊予の道後温泉の湯船(数の多いことで有名)を数えるような調子である。
(『碁のうた 碁のこころ』講談社から抜粋)
*
ここに登場する「ヨセ」と「セキ」と「コウ」は、囲碁を始めれば、わりとすぐに覚える囲碁の用語です。
そして、碁が少し強い人には、空蟬が「そこはセキですよ……」と教えてあげている様子から、彼女がなかなか強いということもわかるのですね。
というか、何より興味深いのは、この様子が、囲碁ファンならば手にとるように想像できるということ。
なぜなら、現代の碁会所や囲碁サロンでも、これと全く同じような光景が繰り広げられているからです。
乱暴ながら、今風にさらに意訳してみるとこんな感じでしょうか。
軒「もう打つところないですよね。じゃあ、ダメをつめようっと(と打つ)」
空「そこは、セキだから、打ったら損しちゃう」
軒「あ。そっか」
空「ここのコウを取ったら?」
軒「もういいですよ。(コウを)ついでください。
どうせ負けですから。この隅もこっちの隅の白地も大きいし、
全部で100目ぐらいあるんじゃないですか」
女性が囲碁に夢中になる様は、千年の時を経ても変わらないのだなあと可笑しく、そして、さらに想像してみると、紫式部は空蟬以上に碁が強かったでしょうし、何の注釈もつけずにこんな描写をしていたということは、当時の読者の中には碁を打つ人がけっこう多く、しかも、この可笑しさを解せるほどに皆さんそれなりに強かったのではないか。
そう考えると嬉しくなってきます。
第一回勝負美人杯の一番強いクラスで優勝した小田彩子さん
●女性が「囲碁」にハマる理由(わけ)
では、囲碁のどういう点が女性に向いているのでしょうか。
石倉昇九段は「スポーツに例えると、将棋は短距離走、囲碁はマラソン」とおっしゃっています。
また、将棋は王様を取るか取られるか、つまり「百対0」か「0対百」で勝負がつきますが、囲碁は「51対49」のように、相手にも与えるゲーム。
道中の景色を楽しみながら、対戦相手と共に作品を創る「平和のゲーム」である点が、女性に向いているのでしょう、という説です。
たしかに、一理あります。
ただ、少し美しすぎる見解かも、とも思います。
子供のころは、男の子同士で対戦すると戦いの碁になり、女の子同士で対戦すると穏やかに陣地を分け合う碁になることが多いようです。
ところが、大人になると、男性より女性のほうが戦いを挑むことが多いような気がするのは私だけでしょうか。(たぶん違いますよね。笑)
このあたりをどう分析すればよいのか……まだ結論は出ていないのですが……普段、がまん強く生きている女性が、盤上では思う存分「野心」を爆発させる、のではないかと想像することもできる気がします。
また、男女差があまりないことも、女性の知的好奇心をくすぐるのでしょう。
プロの世界でも、将棋と違って囲碁は男女が同じ土俵で戦います。
芮廼偉(ぜい のい)九段(1)のように、韓国のトップ棋士たちを負かして大きなタイトルを獲るほどの女流棋士も現われました。
囲碁が、「もっと強くなれる」「もっと強くなりたい」という前向きな気持ちを受け止めてくれる世界だということが、女性を虜にする大きな理由であることは間違いないでしょう。
(1)芮廼偉(ぜい のい・ルイ・ナイウェイ)九段
1963年中国生まれ。中国で世界初の女性の九段となるも、「もっと囲碁を打てる環境」を目指して1990年に日本に移住。
さまざまな事情から公式戦を打つことが叶わない中、1992年、応昌期杯(台湾の応昌期さんが私財を投じて創設。4年に一度開催。世界中のトップ棋士が参加。優勝賞金40万ドル)に招待されベスト4に進出。準決勝戦で日本の大竹英雄九段に敗れたときに流した涙は「負けたからではなく、また(公式戦で)碁を打てなくなる寂しさ」だったことは碁界で有名な逸話。その後、ご主人の江鋳久九段とアメリカに移住。1999年に韓国に客員棋士として招じ入れられ、翌2000年にタイトル「国手」を奪取。2011年帰国。
芮廼偉さんの波乱に満ちた激動の半生は、とても少ない紙面では語りきれません。
「鉄の女」の異名をもつ史上最強の女流棋士・芮廼偉九段と聞けば、近寄りがたい印象を持たれるかもしませんが、ひとたび碁盤を離れれば、ひとなつこい笑顔で気づかいにあふれ、ほんわりと優しく、なぜか「放っておけない」と思わせる不思議な魅力に包まれています。
仲良しのご主人、江鋳久(こう ちゅうきゅう・ジャン・ジュウジォウ)九段といつも一緒で、ユーモアあふれるお二人のまわりには暖かい笑いが絶えません。
ご夫婦そろって日本語も堪能です。
一度取材させていただいたとき、「ご主人はどのような存在?」と尋ねると、
「普通はみんなどう言うのですか?」と照れてから「そばにいないといけないでしょう。外出するとき一緒に来てくれないとイライラして」というご返答。
すると隣で江九段が
「道を知らないから。道に迷うから(笑)」。
「ご主人は、何も言わなくても全部わかってくれる?」と追いうちをかけると、「えーと、そこまではできないでしょう(笑)。でも、私にとって何が一番大切なのかをわかってくれている。だから、今までずっと碁を打ってくることができたと思っています」。
今も中国棋院で後進の指導にあたりながら、日々研鑽を積まれていらっしゃいます。
■『ヒカルの囲碁入門』(石倉昇・著/高見亮子・編集協力)
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