はじめまして。
「囲碁ライター」の高見亮子と申します。
集英社インターナショナルさんから出版された『ヒカルの碁勝利学』、『ヒカルの囲碁入門』シリーズ(いずれも石倉昇九段著)の編集を手伝わせていただいたご縁で、「囲碁にまつわるアレコレをブログで紹介してみませんか?」という嬉しいご提案をいただき、喜び勇んでお引き受けした次第です。
どうぞよろしくお願いいたします。
今回は、「囲碁と教育」という側面から……
少々堅い感じですが……囲碁をご紹介してみましょう。
「囲碁」の授業は東大だけじゃない!
今、日本の教育の現場で「囲碁」が注目を集めはじめていることをご存じでしょうか。
その皮切りとなったのは、8年前、東京大学の教養学部で「囲碁」が単位の取れる授業として導入されたことでしょう。
教鞭をとったのは、プロ棋士の石倉昇九段、吉原由香里四段、黒瀧正憲七段でした。
この授業は、人気講座として定着し現在も続いています。
その後、囲碁を授業に取り入れる大学が続々と増えてきました。
早稲田大学、慶応義塾大学、青山学院大学、埼玉大学……地方を加えればもっとありますし、今後もさらに増える気がします。
また、東京都中央区の小学校でも、今年から年間10時間程度、プロ棋士が授業で囲碁を教えることになりました。
さらに、SSH(スーパーサイエンスハイスクール)指定校(※)でも、囲碁を授業に取り入れる動きが始まったようです。
熊本県立宇土中学校で講義中の石倉昇九段 ⓒ日本棋院
※SSH(スーパーサイエンスハイスクール)
高等学校等において、先進的な理数教育を実施するとともに、高大接続の在り方について大学との共同研究や、国際性を育むための取組を推進します。また創造性、独創性を高める指導方法、教材の開発等の取組を実施します。(「独立行政法人 科学技術振興機構 理数学習支援センター」のHPより)指定校は、全国で200校以上にのぼります。
では、なぜ囲碁がこんなに学校教育でとりあげられるようになったのでしょうか。
お隣の韓国は囲碁が盛んで、その底辺を支えているのが子供たちです。
子供が通う「囲碁道場」がビジネスとして立派に成立しているといいます。
日本でいえば「塾」に通う感覚でしょうか。
プロを目指す子供たちも、日本の百倍はいる、と言われています(ちなみに中国はそれ以上)。
子供たちが熱心に囲碁に取り組む理由の一つに、韓国では「プロ棋士」の人気がとても高いことがあげられます。
日本でいえばサッカー選手の日本代表なみ。
もちろん知名度も高く、街を歩いていれば振り返られるそうで、これは今のところ日本とは大違いです。
もう一つの理由は、親が熱心に子供に囲碁をやらせる、ということ。
「囲碁が頭によい、ということが、当たり前の事実として親たちに普通に浸透している」と韓国の囲碁事情に詳しい棋士たちは口をそろえます。
つまり、韓国では、頭がよくなるために、いわゆる教育ママたちが、子供を囲碁道場に通わせているわけです。
これもまた、今のところ日本とは大違いです。
でも、日本が学校の授業で囲碁を通じて子供たちに教えようとしていることは、韓国や中国が「道場」で教えていることとは少し違う方向性──文化の側面が濃いもの──だと思われます。
頭がよくなるように、とか、本気でプロを育てようということではなく、感性を豊かにする情操教育として捉えているのでしょう。
“囲碁脳”は子どもの成長を助ける
石倉九段は、「囲碁の効用」として、次の8つをあげています。
これらの効用が、教育に有効だと先生方に認知されるようになったと思われます。
1)考える力を養う。
2)コミュニケーション(相手の気持ちを考える)能力を高める。
3)バランス(相手にも与える)感覚を養う。
4)忍耐力(苦しい局面を耐える能力)をつける。
5)集中力を高める。
6)大局観を養う。
7)右脳を鍛える。
(囲碁は感性のゲーム。コンピュータでは解明できない唯一のゲーム)
8)礼儀が身につく。
上記の「8つの効用」の一つひとつについて詳しくコメントするのは別の機会に(あるいは、石倉九段の著書に)譲ることにして・・・・・・「なぜ学校で囲碁を?」という問いを別の角度から考えてみると・・・・・・
囲碁は、6世紀ごろに中国から日本に伝わったという説が有力視されています。
当時の中国には、君子のたしなみとされる「琴棋書画(きんきしょが)」という言葉がありました。
この中の「棋」にご注目を。
これは囲碁のこと。
音楽(琴)、書道(書)、絵画(画)と並んで、囲碁が教養の一つと数えられていたわけです。
この4つは、日本の歴史を振り返っても大事な教養とされてきたのに、いつの間にか「囲碁」だけがこぼれ落ち、学校教育に組み込まれませんでした。
(こぼれ落ちた原因は、一時期、囲碁が賭け事であるという悪い印象を持たれたためではないか、という説があります)
ということは、「なぜ学校で囲碁を?」ではなくて逆に「なぜ学校で囲碁を教えないのか?」と考えてもよい気がします。
今回、初回の緊張もあり、なんとなく、アラマシだけになってしまいました。
最後に少しだけ、自分のことを書いてみようと思います。
私は、小学生の頃に囲碁を覚えました。
父が、私と母を並べて教えてくれたのです。
母はたちまち囲碁にハマり、毎晩のように父と打つようになりました。
私は、その頃は外で遊ぶ方が断然好きだったので、「碁を打とう」と呼びかけてくる両親から逃げ回っていました。それでも、1カ月に1回はつかまって、母と対局させられました。
ところが、どういうわけか、碁石に全くさわらずに1カ月過ごしてきたというのに、毎晩のように碁を打ってきた母に勝ってしまうのです。
母は悔しいので、また毎晩のように父に習い、私は外で遊びつづけて1カ月が経ち、またつかまって対局する。
また私が勝つ。
その繰り返しで何年も経ちました。
なぜ、私は勝てたのか。
一つには、「子供には所詮勝てないのかもしれない」という、対局する前から弱気になっていた母の精神状態が、大きく影響していたということもあるでしょう。
でも、一つには、囲碁は、ルールを覚えてある程度理解できたら、「人間の成長と共に強くなるゲーム」だからではないか、と、個人的には思っています。
当時も、勝てばもちろん嬉しいわけですが、同時に「勝手に強くなれる不思議なゲームだ」と心の中で目を丸くしていました。
最近、石倉九段が、「子供の頃に『囲碁脳』をつくっておくことが大事」という話をされており、なるほど! と合点がいきました。
子供の頃から音楽に馴染んでいれば、自然に音楽が隣にある人生を送るようになるでしょうし、子供の頃から絵を見たり描いたりしていれば、大人になってからも「絵心」はなくなりません。
囲碁も、子供の頃に覚えれば、何の苦労もなく生涯の友になるわけです。
音楽や美術が人生の幅を広げ、豊かにするなら、囲碁もまた然り。
ところで、私が母に勝ちつづけるという現象は、私が高校生ぐらいのときに、ピタリと終わりました。
つまり、勉強している母に勝てなくなったのです。
そのとき私は「囲碁は人間の成長と共に強くなるゲームだ」という思いを新たにしました。
「だいたい、高校生ぐらいで、人間形成はおわる」というわかったふうな自論と一致して、囲碁の不思議さに妙に感心させられたものです。
そして、その不思議さに魅かれて、だんだん囲碁に興味を持つようになっていったのでした。
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中学生の部、小学生の部、ともに約百名。家族や応援団が見守る中、一堂に会して、
東京市ヶ谷にある日本棋院の二階フロアを埋め尽くす光景は圧巻!
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