2014年10月22日

第12回:海外の「囲碁」のお話


今回は、海外のお話です。

スイスの、とある場所──私たちが想像もできないような場所──で子供たちに囲碁を教えている日本の女性をご紹介しようと思います。

スイスといえば、個人的に思い出すのは、30年以上も前のこと。

その年は、父の留学に強引についてゆき、たった1年でしたがパリに住んでいて、夏休みに家族でスイスを旅行しました。

「えええ!」と笑いながら驚いたのは、街の公園にあった大きなチェスセット。

路面に市松模様のマス目がきれいに塗られており、いい年をしたおじさんたちが、身の丈ほどもある駒を両手で抱えたり、引きずったりしながらチェスを楽しんでいたのです。

チェスのルールは全く知りませんでしたが、長い距離をナナメに動かしたり、相手の駒を取ったりという、おじさんたちの重労働の度に、手を叩いて喜び、子供心にも「こんなふうに、疲れ果てながら一生懸命チェスをして、いい国だなあ」と羨ましく思ったものです。

そして「碁は無理だなあ。盤が大きすぎるし、石の数が多すぎるから」と残念に思ったのでした。

ところが、です。

じゃじゃーん。


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スイスで働いている友人の智ちゃんからこんな写真を入手しました。

これは紛れもなく囲碁。
さすがに路面ではなくテーブル状になっているようですが、公園に登場したのですね。後方には懐かしいチェスも。(意外に小さかった…思い出すたびに、頭の中で駒が大きくなっていたようです)


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碁石は、このように収納されていて、横から取りだすようです。


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でも大きいと遊びにくいのでしょうか、せっかくの大きな碁盤を使わずに、こじんまりと遊んでいる写真も……

ともあれ、30年の月日を経て、写真であろうとこんな光景を目にするとは思ってもみなかったことであり、一人おおいに歓喜興奮した次第です。


 *


さて、同じスイスながら、都心から遠く離れた山あいのお話です。

ここに、5歳から15歳の子供たち40人ほどが入っている全寮制の「学校」があります。Hさんは、日本人女性ですが、この「学校」で、なんと囲碁を教えているのですね。

その「学校」の存在など、日本で知る人はほとんどいないでしょうし、ましてやそこで囲碁を教えている人がいる、などということは、日本では誰も知らないと言ってもよいかもしれません。

まず、「学校」の説明をしましょう。
正確には「学校」とは少し違うのですが、日本には存在しない施設なので翻訳する言葉がありません。そこでとりあえず「学校」と呼ぶことにします。

寮に入っている生徒たちの共通点は、家庭に問題があること。彼らを保護する目的で、「青少年保護サービス」や裁判所が依頼し、預けられていること。もともと身体や精神の障碍はなく、環境による問題が理由で学習障碍や行動障碍を抱えてしまった子供たちが多く、半数は精神安定剤や抗鬱剤を処方されているそうです。

成績や行動に問題のない子供は、ここから公立の学校に通い、学習や行動に問題のある子供は、ここに付属する「学校」に通います。

「学校」は5クラス。
カリキュラムは一応、一般教育のプログラムを参考にしているのですが、それぞれ問題を抱えている子供たち一人一人に合わせたアラカルトレッスンをしているそうです。

「1クラス最大8人しかいないのでできることですね」とHさん。
以下は、Hさんからのメールです。


学校アレルギーの子供たちは丸一日教室にいるのは無理なので、一般の科目(フランス語、数学、一般教養)以外に重要なのが「アトリエ」。芸術的なもの(図画工作、彫刻など)から将来の就職を考えた技術的なもの(木細工や自転車修理)。他にもロッククライミング、新聞編集、ビデオ製作、修理、料理、庭栽培、ヒップホップ、英語、陶芸(セラピー)、自己表現(セラピー)、童話(セラピー)、マリオネット(セラピー)、サッカー(セラピー)、職業探しなど、色々あります。基本は希望者(教師とEducateur:下記参照)が好きなことを各自教えます。そのアトリエの一環で私は囲碁を教えています。


日本語にあるかどうか分かりませんが、フランス語では教師とEducateurという職業は別で、教師は学校に関することの面倒を見ます。Educateurは生活(食事、健康、清潔、寝泊りなどなど)に関する面倒を見ます。基本は8時半から12時と1時半から3時が学校の時間で、教師はその間子供たちの面倒を見ます。Educateurは起床から夜寝るまでそれ以外の時間、ローテーションを組んでの担当です。だからこの施設は教師よりEducateurの数のほうが圧倒的に多いです。


Hさんは、なんらかの理由(障碍など)で一般の授業についていけない人たち(子供、大人問わず)に教える資格を持っている「教師」で、この職業についたのは2005年。最初の研修先で「囲碁を教えるのがいいんじゃないか」と思いついて以来、勤めた全ての学校で囲碁を教えてきたと言います。

今の学校では、2012年の9月から教えるようになり、週に1回、2時間の授業。校長先生は、Hさんの「囲碁に対する情熱を買って」採用を決断されたそうです。

では、なぜ、Hさんは彼らに囲碁を教えようと思ったのでしょうか。一言でいえば「自信を持ってもらいたかったから」だと言います。


基本的に私が落ちこぼれの生徒達に囲碁がいいと思うのは、彼らにとって新しく、未知の知識だからです。生まれてからずっと落ちこぼれで周りから馬鹿にされてきた子達は、囲碁ではみんな同じスタート、しかも親や他の先生や大人が知らない、できないこと。何かを理解する、上達する喜びを初めて味わえる。彼らは実は落ちこぼれなんかじゃないけど、自信がボロボロですぐ挫折するんです。だから囲碁を通して、多少の困難にも挫けず頑張る力を養うんです。


Hさんご自身は、スイスのカフェで、フランス人マスターから囲碁を習ったとか。残念ながら、その師匠は2003年に亡くなられましたが、「親ほど年が離れていたけれど本当に気が合って親友と言ってもいいくらい」「一番大切なもの(囲碁)をくれた彼のことは今でも忘れません」「いつも彼の声が聞こえます。本当に感謝してます」と言葉が尽きません。囲碁を通じたこんな出会いも、感動的だなあと思います。


さて、この「学校」の生徒たちのこと、指導する教師の皆さんの大変さについては、想像してもしきれないものでしょう。暴力など、生徒たちが引き起こす問題を抱えきれずに、辞めていく教師やEducateurも少なくないと聞きます。

そんな中でHさんは、昨年からは月に1回、3〜4人の子供たちを、長い道のり引率してローザンヌ囲碁クラブに参加させるなど、校長先生の御眼鏡にかなったとおりの熱心ぶり。

子供たちからひどい仕打ちを受けることも、涙を流すことも、心が折れそうになることもあるそうですが、「もちろん、いい事もたくさんあります」と乗り越えて今に至っています。


発達障碍で、家でも虐待を受けている少年がこの一年でとても変わりました。棋力もさることながら、ずいぶん自立して、他の生徒達にいじめられなくなりました。もう卒業してしまいましたが、彼の精神科医が囲碁をとても買ってくれていて、できれば次の学校に行っても続けられるよう色々配慮してくれるそうです。彼は「読書アレルギー」で、何か読ませようとするとその紙をビリビリに切り裂いてしまうんですが、初めて読んだ本が囲碁の本で、しかも続けて11回も読んだんです!


一人囲碁が大好きな子がいます。その子はまだ11歳で、しかもまだまだ行動に問題があるので、しばらくはここにいると思われ、その間に棋力もかなり伸びると思います。彼は怒ると周りが見えなくなります。私に対しても何度も信じられないことを言いました。でも囲碁を通して、というか「囲碁を教えてくれる人」の私に対して何か特別な信頼感を抱くようになったみたいで、段々ひどい事を言わなくなり、言っても後で話し合えるようになりました。彼は「文字アレルギー」で文字を書くことにとても抵抗があります。でも囲碁の格言は一生懸命きれいに書くんです。彼は囲碁合宿で超値下げした碁盤を買い、碁石を囲碁クラブに注文しました。でもその直後寮のお金を盗み、彼の担当のEducateurに碁石代を拒否されました。でも終業式の日の囲碁大会で見事優勝したので、賞品をその碁石にしました。家に帰る直前、双子の弟と一緒に挨拶に来て、「これで夏休み弟と打てる!」とうれしそうに言ってました。


 *


現在、欧米では、中国と韓国が熱心に囲碁普及をおこなっています。

アメリカでは、アメリカ囲碁協会(America Go Association http://www.usgo.org/)・北米プロシステムが、韓国囲碁協会の協力のもとに発足して3年目となり、認定のプロが3名誕生。韓国での棋戦に参加できるようです。

ヨーロッパでは、中国の企業がスポンサーになって、年に一度のプロ試験を行うと聞きました。希望者には6カ月間中国で院生をするための奨学金も出るそうです。

まだまだ「Go(碁)」は国際的にも共通の呼び名ですが、スポンサーによっては、ウェイチ(中国での「囲碁」)・トーナメントや、バドゥク(韓国での「囲碁」)・トーナメントと呼ばれることもあり、少−しずつ、呼び名が変化しつつある、という声も耳にします。

もちろん、どういう呼び名であれ(本当は「Go」がいいなあと思っていますが…笑)、囲碁が世界中に広まってゆくことは喜ばしいことです。プロを目指すような強い子供たちが世界中に増えてゆくのも頼もしい限りです。囲碁を打つ人が、これから何千人も何万人も増えていって欲しいと思います。

その一方で、強い弱いも関係なく、中国も韓国も日本も呼び名もどうでもよく、ただ、囲碁を覚えて自信をとり戻していく子供を一人ずつ増やしていけたら、というHさんの思いと取り組みは美しいなあと思います。

最後に、Hさんからのメールを引用して終わることにします。


大会で真剣に打っている子供たちを見た数少ない同僚たちは、みんな子供たちの態度にビックリします。あんなに礼儀正しく静かな様子は見たことがないと。本当に、私はそれを見るためだけに頑張ってるんです。


 *


12回続けさせていただいたこのブログ、今回でいったん区切りをつけることにいたします。

このブログを担当させていただいたおかげで、普段は重い腰を持ち上げ、いろいろな方を取材する機会をもてました。これまで接点のなかった方々と出会え、囲碁が様々な方面に広がりのあることを再発見。

「神様がつくったゲーム」とはよく言ったもので、本当に果てしのない可能性をもったゲームだと再確認いたしました。

読んでくださった皆様ありがとうございます。

囲碁に興味や関心を持っていただけたら、(その上、集英社インターナショナル発行の囲碁書籍をご購入いただけたら)嬉しい限りです。この場を与えてくださった、集英社インターナショナルの小林さんに心から感謝しています。締切にいつも遅れてすみませんでした。

私事ですが、本業(?)の演劇公演、今年は暮れもおしつまった12月26日から29日、下北沢のザ・スズナリで上演します。こちらにもぜひ足を運んでいただけますように。

↓公演パンフレットです。クリックで拡大します!
かもねぎショット『東京のブブス先生』チラシ表面.jpg

かもねぎショット『東京のブブス先生』チラシ裏面.jpg

さらなる詳細はかもねぎショットのブログまでおでかけください。




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2014年07月31日

第11回:「囲碁」が語源の日常用語


囲碁の普及と技術向上に貢献したナンバーワンは、インターネットでしょう。

ネットさえつながっていれば、世界中の誰もが、自分の部屋にいながら対局でき、毎日トッププロ棋士の対局を観戦することが可能なわけですから。画期的、飛躍的な出来事です。

では、インターネット以前、囲碁の普及と技術向上に画期的に、飛躍的に貢献したのは誰でしょう。

その人物を2人あげよと言われたら、徳川家康呉清源(ごせいげん)先生 だと答えようと思います。

徳川家康は、今でいう プロ制度 の基盤を築いた人です。

囲碁は6世紀に中国から日本に伝わり(という説が有力です)、以来、千年以上の間に、愛好家の層が少しずつ広がり、技術も少しずつ向上していったことでしょう。

ところが江戸時代に入ると、囲碁は 家元制 が取り入れられ、とりわけ強い碁打ちたちが、本因坊家、井上家、安井家、林家 の四家に分かれ、競い合いながら研鑽を積むようになりました。

この四家には扶持(今でいう給料)が与えられるようになり、四家の代表が将軍の前で対局する「御城碁」(おしろご)というイベントは、実に 220年 続いたという記録が残っています。
(*徳川家康や御城碁については、日本棋院さんのHPもぜひご覧ください!
http://www.nihonkiin.or.jp/history/04.html


この間に、囲碁の技術は文字通り飛躍的に向上。庶民の人気や関心も一気に高まったのは言うまでもありません。



---呉清源先生のことを知ってほしい!---

呉清源先生は、昭和3年、14歳のときに来日された天才にして偉人です。

19歳で、日本の天才棋士、木谷實先生とともに「新布石」を研究、発表し、その奇想天外で柔軟で自由な発想に、日本中の囲碁ファンが驚かされ魅せられました。

25歳からは、読売新聞社主催の「打ち込み十番碁」が始まります。

呉清源先生が日本を代表する人気実力棋士を相手に十番勝負をし、勝てばハンディキャップを加えていく、という企画。

これが新聞掲載されると、読売新聞の購買数は 10倍 にも跳ね上がったと聞いています。

呉清源先生は数々の実績を残され、1984年に現役を正式に引退されますが、その後も「21世紀の碁」の研究を進められ、精力的に研究会を開き、トップ棋士たちの指導を続けられてきました。

その呉清源先生が、今年5月19日に、100歳exclamation になられました。
7月23日、呉清源先生の『百寿を祝う会』(読売新聞社主催)に行ってまいりました。


さて、私などが呉先生を紹介するなど恐れ多いことですが、少しだけ。

呉先生は研究会の全てをビデオに収録されていました。
12年ほど前、呉先生の書籍をお手伝いさせていただいた折に、そのビデオを100本以上見る機会に恵まれました。1日だけ、研究会を見学させていただいたこともあります。

研究会の多くは、棋士が自分の打った対局を呉先生に見ていただくという形で進みます。「○○戦で、相手は○○○さん。私は黒番です」などと伝えてから、一手目から碁盤に再現していくわけです。

そして、多くの棋士は、呉先生に一番見てもらいたい場面・・・・・・例えば、50手目が敗因だと思っている場合は、49手目まで並べて、先生なら次の一手をどう打つかを尋ねたいわけです。

なので、49手目までをさっさと並べようとするのですが、その途中、例えば30手目で、先生は「ん? そこに打ったの?」と尋ねてきます。

「はい。それで、相手はここにきて…」とさらに進めようとするのですが、先生は「変ですね、それは」と先に進ませません。

「変」だと言われた棋士は、しばらくキョトン 目 としているのですが、呉先生が「こっちの方がいいでしょ?」と示した手を見て、やがて唖然とし、それから感動する。

敗因は50手目ではなく、それより20手も前の手だった、と悟る。
こんな光景が、ほとんど毎回のように繰り広げられていました。

王立誠九段は、呉先生の研究会に通うようになってから、棋聖位を奪取するなどの輝かしい戦績を残された一人。

王九段も「呉先生は 神様。一瞬で、悪い手を感じ取ってしまうのですから」と話されています。


『百寿を祝う会』では、大竹英雄名誉碁聖が、やはり「呉先生は人ではない」というお話をされていました。

大竹名誉碁聖がプロになったとはいえまだ少年だったころ、先輩棋士たちが50人ほど対局している部屋に行ったとき、呉先生にしか目がいかなかったのだそうです。「どうしてかというと、呉先生の後ろだけが光り輝いてぴかぴか(新しい)いたから」だと言います。

「この人は神様なんだ」と大竹少年は知ったそうです。

「だって、実際にこの目で見てしまったんですから」

『百寿を祝う会』には、棋士も大勢集まりました。
呉先生のお弟子さんの林海峰名誉天元と芮廼偉九段(中国から!)、趙治勲25世本因坊、井山裕太六冠、山下敬吾九段、張栩九段……...。

呉先生のことは、囲碁を知らない方々にも、もっともっと知られてほしいという思いを新たにした一日でした。

2006年に製作された伝記映画『呉清源〜極みの棋譜〜』も、機会があればぜひご覧ください。

呉清源 極みの棋譜 [DVD]
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---「囲碁」が語源の日常用語---

さて、前置きが長くなってしまったのですが……
今回は、長い歴史をもつ囲碁がどれほど 日常生活 に入り込んでいるのか、ということをお伝えしたく、囲碁が語源の言葉をご紹介しようと思います。

普段何気なく使っている言葉の中には、意外なほどたくさんの「語源は囲碁用語」のものがあるのです。


最も頻度が高いものは、「ダメ」でしょうか。

そんなことしたらダメでしょ。
この「ダメ」は、囲碁用語が語源。

囲碁では、黒の陣地と白の陣地の間にできたスキマ……そこに打ってもどちらの陣地も増えも減りもしない「無駄な目」のことを「ダメ(駄目)」と言います。

碁を覚えたての頃は、何かいいことがあるかもしれないと思ってダメに打ってしまい、強い人から「そこはダメだよ」と叱られるわけです。

「何の得にもならない無駄な手だよ」という意味ですが、これを日常でも使ううちに、だんだん禁止色が濃くなっていったのでしょう。


「結局」も日常でよく使われます。

「局」は、将棋や囲碁の盤をさし、試合は一局、二局……と数えます。
一局の流れのうち、終盤戦のことを囲碁では ヨセ と言いますが、このヨセは、平安時代には「けち」と呼ばれていました。「結着」の「結」の意味です。

つまり、平安時代の囲碁用語が「結局」の語源なわけです。
「けじめ」も、「けち」から派生した言葉だという説もあります。


「玄人」「素人」もそうです。

現在は囲碁では力の上の人が白石を、下の人が黒石を持って対局しますが、日本に囲碁が渡ってきた当初は逆だったそうです。つまり、強い人が黒。黒の人⇒くろうと。弱い人が白。白の人⇒しろうと。と変遷したようです。

「こいつはそんなに強くないだろう」と甘くみてかかったところ、相手がたいそう強く、黒の人がはだしで逃げたところから「玄人はだし」の言葉が生まれたという逸話も有名です。


「上手」「下手」は、読み方がいくつかあります。

このうちの「じょうず」も囲碁用語が語源。
江戸時代に入り、本因坊道策という天才が、現在につながる「九段」「八段」「七段」という合理的な段位制を整えたのですが、それ以前は、九段は「名人」、七段が「上手」と呼ばれていたのです。
「下手」という位はなかったでしょうから、「上手」と対になって後から生まれたのでしょうか。


面白いところでは「八百長」も囲碁にまつわるエピソードが語源です。

明治時代に八百屋の長兵衛さんという人がいて、皆から「八百長」と呼ばれていた。彼には伊勢ノ海五太夫という囲碁仲間がおり、本当は長兵衛さんの方が強かったのだが、八百屋の品物を買ってほしいので、ときどきわざと負けて機嫌をとっていた。ところがあるとき、本因坊秀元という強い碁打ちと互角の勝負をしたことで、長兵衛さんが本当は強いということが皆にばれてしまった……というエピソードです。

実話かどうかははっきりしないのですが、ともかくこのエピソードが「八百長」の語源。

最近は悪質な八百長が増え、マイナスイメージが強くなってしまいましたが、当時はもっと可愛げのある言い回しだったような気がします。

「八百長はなしだよ」「それじゃあ、負けて泣くなよ」なんて笑い合いながら対局を楽しんでいたのではないでしょうか。


「布石を敷く」
「一目置く」
「先手をとる」
「後手をひく」


なども、さほど頻繁には使いませんが、生活に浸透した言葉ではあるでしょう。


もう一つ、「手」手(パー) にまつわるものでは、「手抜き」があります。

普段は、「手抜き工事」に代表されるように、「手抜き」をして褒められることはありません。でも、囲碁では、単純に手を抜くこと。

相手が「次はぜひここに打ってください」と促してきたときに、そこに打たないことを言います。もっといい場所に打てば「あのとき手を抜いたのが勝因だった」と褒められることになりますし、いい場所に打たなかったときには「あの手抜きがよくなかった」と反省することになります。

つまり、「手抜き」するのは、大事な場所がよくわからない初心者か、いつどんなときにも広い盤面で一番大事な場所を見極められるとても強い人か、のどちらか。「プロは、まず手抜きから考える」と初めて聞いたときには、日常語の「手抜き」を先に覚えた私は、妙な違和感を持ったものでした。


野球 野球の「先制点」「中押し」「ダメ押し」という表現の中の「中押し」にも面白いエピソードがあります。

囲碁では相手が「負けました」と言って途中で投了すると「中押し勝ち」となります。これは「途中」で「押し切って勝つ」の略で、「ちゅうおしがち」と読みます。

これをあるとき、長嶋茂雄氏が新聞で目にされて「野球でも使える表現だ」と、ご自分がコメントするときに使うようになったそうなのです。

ところが新聞にはルビが振っていなかったために、長嶋氏は「なかおし」と読んでしまっていました。それで、野球で使われるときには、そのまま今でも「なかおし」となっているようです。

これからも、囲碁用語が意外なところから日常的に広まっていくことがあるのかもしれません。


最後に、囲碁が日常となっているプロ棋士たちの、対局のあとの検討(反省会)の会話をご紹介しましょう。

「ここに打つ方が乙だったかな」「ああ、乙だね」

「この手でこう打ってみる?」「おっ! これは盛られてるね」

「それだとさ、ここにゾロッとハネられるでしょ」「ああ、ゾロだね」


検討はたいてい高尚すぎてついていけず、どう乙なのかも味わえず、盛られた毒が将来どのように悪さをするのかも読めず、ゾロっという感触も語感でしか楽しめないわけですが、これは囲碁用語でもなんでもなく、石を人のように扱い、自身も石の気持ちになったりしながら暮らしている人たちなんだなあと感動を覚えてしまいます。



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2014年06月10日

第10回:「囲碁」の考え方


はじめに嬉しいニュースをexclamation
久々に日本主催の世界戦「グロービス杯 世界新鋭囲碁選手権」が誕生し、5月に第一回大会が開催されました。

20歳未満のプロ棋士が参加し、予選を勝ち上がった16名(日本6人、韓国3人、中国3人、台湾1人、ヨーロッパ1人、オセアニア1人、北米1人)がトーナメントを行うもの。

そして、日本の一力遼七段が、優勝 を飾りました。

準優勝の許家元二段も日本代表(台湾出身。日本棋院所属)。
世界戦での日本勢どうしの決勝戦は17年ぶり。

17年ぶりに「どちらが勝っても嬉しい」と安心して決勝戦を見守ることができた日本囲碁ファンでした。

日本の囲碁界がじわじわ 活気 を帯びてきている気配を感じます。



---「囲碁」の考え方---

さて、今回は、私が個人的に印象深い、棋士の言葉をご紹介します。

囲碁の考え方は、多くの分野で「お手本」とされています。

古くは、戦国武将が戦略を囲碁に学んだ逸話が残されていますし、現代も「 経営 に役立つ」、「 政治の交渉 に取り入れて欲しい」という多くの声が聞こえてきます。

個人的なレベルでも、棋士の武宮正樹九段は、
「碁をやっていたから、どんな問題も乗り越えてきたし、これからも立ち向かえる」
と話されています。

では、「お手本」となる囲碁の考え方とは、どのようなものなのでしょうか。


もし「囲碁とは、簡潔に言うと、どういうものですか?」という問いを、プロ棋士に投げかけたら、100人から100通りの答えが返ってくることでしょう。

「神様にしかわからないゲーム」、「簡潔には答えられません」といった回答もあるでしょう。

私はずっと「強い人は正解がわかるけれど、自分は弱いから次の手がわからない」と思いながら対局をしていました。

プロ棋士が集まって勉強している場に出入りできるようになり、まず最初に驚いたのは、「そうじゃないんだ!」ということでした。

観戦中の棋士たちが、次の一手を予想していても、全員一致になるケースはほとんどありません。今、どちらが優勢かという形勢判断さえ、「白よし」と「黒よし」に分かれることがしばしばです。

つまり、囲碁の次の一手の選ばれ方は、正解か否かではなく、どう考えてどう打ちたいか、によるようなのです。

その「どう考えるか」の部分が百人百様なのが、囲碁の深みなのでしょう。

「囲碁とは何か?」とは、「幸福とは何か?」とか「愛とは何か?」とか「私とは何か?」と同じように、哲学 の命題のようなものなのかもしれません。



---直感が今のあなたの全て---

では、印象深い棋士の言葉をご紹介しながら、全く届かないかもしれませんが、「囲碁とは何か?」を、探っていくことにします。

まずは、前述の武宮正樹九段の言葉から。

「碁に強くなりたいですか。
それとも、目の前の一局に勝ちたいですか」


これは、武宮九段が、日本各地や諸外国で講演されるときに、はじめに皆さんに尋ねる言葉だそうです。

するとほとんどの人が、特に欧米人は「両方だ!」と答えるそうです。
それはそうですよね。

でも、武宮九段は、両方の望みをかなえることは無理だと言います。

「勝ちたいと思うと、危険を冒さない方向に思考が傾き、見たことのある自分より強い人の手を真似することが多くなるから」だそうです。

「でも、自分が打ちたいように打たないと、強くなれないからね」


「直感は、今持っている自分の実力」

これも、武宮九段の言葉です。

碁をはじめたばかりの人にはさすがに無理ですが、ある程度強くなったら、直感で打つ手が一番よいとのこと。

「旅先の朝ご飯をおいしいと感じるのと同じでさ」と武宮九段。

「正しかろうが正しくなかろうが、そんなことはどうでもよくて、その人にとっての『真実』でしょ?」。

さらに、次の言葉には思わず笑いました。

「よく、直感で打つとひどい目にあいますって言われるんだけど、それは錯覚。直感が、今のあなたの全てであり、最善なんだよね。こんなこと言ったら怒られちゃうかな」

一生懸命 ふまじめ ~囲碁トッププロの生き方~ -
(武宮九段の言葉が詰まった1冊)



---羊の足で走れ---

続いては、王銘琬九段の言葉です。

「羊は羊の足で逃げなければならない」

これは、銘琬九段がアマチュア向けに書かれた本の中の一節なので、ご自身よりアマチュアの心構えの意が含まれた言葉と思われます。

どういう意味かといえば、(以下は私の曲解かもしれませんが)羊は、所詮、羊。オオカミに憧れ、オオカミのかぶり物を身にまとってみても、逃げるときには羊の足で逃げるしかない。

野球に例えるなら、イチローにあこがれてイチローの構えを真似てみても、イチローと同じスイングはできない。
ならば、羊として生きよ。
羊の足で走れ。


「我間違える ゆえに我あり」

これは、銘琬九段の著書のタイトル。
銘琬九段の間違えた場面を紹介し、なぜ間違えたのかをご自身が言い訳する、という内容です。(私も共著で執筆させていただいたのですが、残念ながら絶版となってしまいました)

その中で、勝敗を決する正着(そこに打っていたら勝っていた、という一手)に両対局者とも気がつかずに終わることが、プロの対局でもあると語られており、私には新鮮な驚きでした。

その一局を「その場面で正着を打つべきでした」とまとめ、「それゆえ、その後に打った手はすべてナンセンス」と片付けることもできるだろうが、「果たしてナンセンスだったか。これは私の永遠の問いなのだ」と銘琬九段は語っています。

王銘エンこれを伝えたい2 我間違える ゆえに我あり 〜悪手を打ってもえーじゃないか〜 (王銘琬これを伝えたい) - Kindle版

なんだか、抽象的な内容になってきてしまいました。

武宮九段は、銘琬九段のことを「囲碁の考え方が、棋士の中では僕と近い」と話されています。

なので、今回お二人の言葉をご紹介したわけですが、棋士約五百人が「囲碁」という山をそれぞれ500通りのルートで登られているとしたら、その中の二つだけ、それも「近いルート」から見える景色をご紹介したということ。

「近い」というからには、「遠い」ルートもあり、そこからは全く違う景色が見えるものと思います。



---相手に逃げ道を与える「攻め方」---

少し具体的なことも、と思い、急遽話題を変えることにします。

囲碁の考え方が、具体的にはどのように役立つのか。
私には一つ、すぐに思い当たることがありました。
「攻め」についてです。

囲碁で「攻め」とは何か。
これもまた、棋士百人に尋ねれば百通りの答えが返ってきそうな気がします。

囲碁を覚えたばかりのころは、相手の石を取ることが「攻め」だと思いがちです。(※「相手の石を取る」については、パンダネット・ヒカルの囲碁入門♯1をご参照ください)

ところが、強くなるにつれ、「攻め」の認識は変わっていきます。
「取る」というような、すぐに出る結論は求めなくなるのです。

ちなみに、武宮九段に「攻めとは何ですか?」と質問したところ「う〜ん、そうね〜」としばらく考え込まれた後に「相手の形を崩すこと」という返答が戻ってきました。

相手がたった一手でも不本意な場所に打つことになれば、それでもう十分満足し、攻めの効果はあがったと見るのだそうです。それ以上、しつこくつきまとうこともしないのかもしれません。

武宮九段の「攻め」は、たいへん高尚なので、どう役立てればよいか難しいです。

私が「なるほど」ともう少し庶民的なレベルで納得した囲碁の「攻め」は、「相手に逃げ道を与える」という考え方でした。

取れそうな相手の石が現われたときに、完膚無きまでに打ちのめそう、とか、絶対に取ってやるぞ、というような徹底的な攻撃を仕掛けると、相手も必死の形相で抵抗してきます。

すると、こちらにもホコロビはあるはずで、何かのはずみに攻守が逆転する可能性もでてきます。

でも、早くから「こちらに逃げてください」と、相手があまり得にならない道を差し出すわけです。

すると相手は喜んでその道を進んでくれます。
そのスキに、こちらは要所を押さえるわけです。

この「攻め方」は、めったにないかもしれませんが、日常生活で大喧嘩になったときには多いに役立つはず。

どの道を差し出そうかと頭を巡らせるうちに、冷静にもなってくる、という利点もあります。

私も経験ずみです。
役立て方が庶民的すぎたでしょうか。



<インターネット囲碁サロン パンダネット>
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