2014年05月13日

第9回:「囲碁」とアクティブエイジング


マンガ『ヒカルの碁』のおかげで、囲碁が「おじいちゃんのゲーム」というイメージはだいぶ払拭されたように思います。

とはいえ、まだまだ、囲碁と聞いて高齢者が打っている姿を思い浮かべる方は多いことでしょう。現実にも、高齢の囲碁ファンはおおぜいいらっしゃいます。



■「囲碁」でアクティブエイジング!

では、「なぜ 高齢者は囲碁が好き なのか」ということを考えたことはあるでしょうか?

「高齢者は、時間がたくさんあるから」とか、「昔覚えたから」といった理由がぼんやり頭に浮かばれたかもしれません。もちろん、そういうこともあるでしょう。

でも一番大きな理由は、「囲碁が 何歳になっても強くなれるゲーム だから」ではないかと思います。

体力が落ち、目も耳も悪くなり……という気落ちしそうな日々の中で、「一年前より強くなった」と自覚できるものがある。

自分の子供や孫ぐらいの年齢の相手とも対等に戦い、楽しくも興奮した時間を持つことができる。しかも勝つことだってできる。喜びだけではなく自信にもつながり、そして何より、向上心 を持ち続けられることが、高齢者をひきつけてやまない囲碁の奥深い魅力なのです。

プロの世界では、中国・韓国の影響を受け、囲碁の内容が変化しつつあります。

極論すると、「 若い脳 が勝つ」内容になっているのかもしれません。

小学校にも行かずに囲碁道場で徹底した英才教育を受ける中国・韓国選手の強さは圧倒的で、追い抜かれ、水をあけられ続けた日本ですが、数年前から世界で負けたくないという意識が高まり、勉強法が改善され若手が台頭してきました。

今年に入り、ビッグニュースが2つ。
まず、一力遼さんが、3月に史上最年少記録の16歳9ヶ月で 棋聖戦リーグ入りを果たしました。
井山裕太さんの17歳10ヶ月を塗り替える大記録です。

4月には、20歳の伊田篤史さんが 本因坊戦リーグ1年目で大活躍し、挑戦者の椅子を勝ちとりました。

20歳での挑戦者は、井山さんに次いで 7大タイトル、史上2位の若さという快挙。5月14日から始まる井山本因坊との七番勝負に勝つと、史上最年少の本因坊が誕生することになります。ちなみに、伊田さんは「『ヒカ碁』を見て碁を始めた」そうです。

若手の台頭に興奮して、つい話がそれました。
でも、どんな競技でも、幼少から鍛え上げれば強くなるのは、まあ、当たり前といえば当たり前の話。

やはり、驚かなくてはいけないのは、なぜ囲碁は何歳になっても強くなることができ、それ故、高齢者が強いのか、という点だと思います。

「高齢者が強い」と聞いても、「それほどでもなかろう」とぼんやり思われたかもしれません。それが違うのです。

どのぐらい強いかというと、例えば、以前にもご紹介したことのあるプロ棋士の杉内雅男九段は、大正9年生まれ。プロ生活は 70 余年にわたられます。今なお現役で活躍され、今も、孫かひ孫ほど年の離れた棋士たちと互角、あるいはそれ以上の戦績を残されています。

アマチュアの世界でも、2011年に平田博則さんが、「世界アマチュア囲碁選手権」の日本代表選手に、84歳 で選ばれました。
20代、30代の若者を次々となぎ倒して、です。

これはもう、人間の脳の神秘といわざるを得ません。
その神秘を引き出すという意味で、囲碁は 医学 の分野でも注目されはじめています。

囲碁を打つときに、人間の脳のどの部分が使われるのか。といった研究が何件か発表されてきました。

最近では、東北大学の川島隆太郎教授と日本棋院の共同研究「囲碁と脳に関する研究」が注目されました。

小学生を対象にしたこの研究では、囲碁が 認知機能(思考力、短期記憶力、総合的な作業力)を向上させるという結果を得ています。



■医療にも役立つ「囲碁」

さて、囲碁は認知症の予防にもつながる、ということは以前から言われていますが、この研究に本格的に取り組もうとしている方に、今回お会いして取材してまいりました。

東京都立神経病院の脳神経内科医で、東京都健康長寿医療センター研究所の協力研究員でもある飯塚あいさん

「考えることが好きで、人間の脳に興味があります」と可愛い目を輝かせ、「好きなアーチストはFear and Loathing in LasVegasとマキシマムザホルモン。ハードロックを聴きながら勉強すると、はかどるんです」と笑う26歳です。

飯塚さんは、中学1年で囲碁を始め、1年後にはなんと 院生(プロ養成機関)に。

「院生には入ったのですが一番下のクラスから上がれずプロになることはあきらめ、高校1年の夏に辞めました。でも囲碁はずっと好きです。嫌いにならずに本当によかったと思っています」。

その後、医師を目指すことになったきっかけは、「家族で『白い巨塔』を見て(笑)」だとか。ちなみに、何度もドラマ化されていますが、主演が唐沢寿明さんの、です。さらにちなみに、私はテレビを見ない家に育ったのですが、『白い巨塔』と言えば田宮二郎でしょう、という世代です。...話がそれました。

飯塚さんは、お休みの日も急患があれば呼び出されるという多忙な中、囲碁の普及にも取り組んでおり、アマチュア最高峰の大会の一つ「全日本アマチュア本因坊戦」で優勝経験もある村上深さん、プロ棋士の大橋拓文六段らが立ち上げている「日本社会人囲碁協会」のメンバーでもあります。

「このグループは、囲碁を何がしかの手段としてとらえて、世の中のために役立てる、ということをコンセプトにしています。地域貢献のチーム、アプリをつくるITのチームなどがあり、私は医療チームです」

そして「医療チーム」は今年、本格的に始動しました。
3月には第1回健康長寿囲碁祭りを開催し、研究資料を展示したり、高齢者の囲碁入門教室や指導碁などを行って大盛況。今後も半年に1回のペースで開催の予定だそうです。


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第一回健康長寿囲碁まつり(撮影:服部俊夫)

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囲碁と医療の展示資料より(作成:飯塚あい)


上の資料にもあるように、囲碁を打っているときは、脳のいろいろな部分を使うことがわかってきています。20代がピークと言われる「計算力」「記憶力」も、もちろん使うのですが、それだけでは囲碁を打てないわけですね。

そのあたりに、高齢者が強い理由が隠されているのでしょう。
飯塚さんが「脳の活性化に必ず効果がある」と考えるのも、この囲碁の特性ゆえです。

飯塚さんはこれから、高齢者を対象に「囲碁を知らない人に囲碁を教えることで 認知機能 がどう活性化するか」という研究や、「認知症で囲碁を打てる方を対象に、症状の進み具合」の研究などを具体的にスタートさせる予定。

「囲碁は認知症の予防や進行の抑制につながると、私は信じていて、早く証明したいです。証明できなかったとしても、囲碁が高齢者の社会参加につながり、生きがいになることだけは確か。囲碁を通じて、入院している患者さんや、外出せず元気がなくなってしまった高齢者の方には生きる気力を与え、元気がなくなりかけている方には元気を取り戻してもらい、元気な方には元気を保ってもらいたいというのが私の理想です」

医療の現場に囲碁が取り入れられる日は、案外近いかもしれません。


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飯塚あいさん(右)と大橋拓文六段(左)

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日本社会人囲碁協会のメンバー


*「七大タイトル」と「リーグ」について

七大タイトルとは、プロの公式棋戦の中でも優勝賞金が高く由緒ある「棋聖」「名人」「本因坊」「王座」「天元」「碁聖」「十段」(優勝賞金の高い順)のことです。この内、「棋聖」「名人」「本因坊」は三大タイトルと呼ばれています。

七大タイトルに共通する特徴は、男女、段位、所属に関係なく、全棋士が予選に参加すること。そして、タイトルホルダーは翌年の予選には参加せず、一年かけて勝ち上がったたった一人の挑戦者とタイトルマッチを戦うこと。

タイトルマッチは、三大タイトルが七番勝負(先に4勝した方が勝ち)で、一局を二日かけて行います。残りの四棋戦のタイトルマッチは五番勝負(先に3勝した方が勝ち)です。

極端なことを言えば、棋聖というタイトルを一つ持っていれば、残りの全ての対局に負けても、1年でたった4局、棋聖戦七番勝負で4勝すれば4500万円の賞金を手中にできるわけです。

挑戦者の決め方は、各棋戦で少しずつ異なるのですが、大きくとらえれば「トーナメント戦」です。

三大タイトルだけが、トーナメント戦を勝ち上がった最強棋士たち(現在、棋聖戦は12名、名人戦は9名、本因坊戦8名)が、最後に総当たり戦を行います(棋聖戦はA、Bリーグに分かれて総当たり戦の後に決勝戦)。この総当たり戦が「リーグ」です。

棋聖戦の場合は、毎年リーグから4名が陥落。そのあいたリーグ4席をかけて、全棋士が予選を戦うわけです。というわけで、「リーグ入り」は一流棋士の証とされ、棋士のほとんどは、まず「リーグ入り」を目標とするようです。


※棋聖戦については第8回の<「囲碁」の対局現場〜棋聖戦七番勝負〜>もぜひご覧ください!




posted by si at 00:00| Comment(1) | TrackBack(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
飯塚あい先生へ 読売新聞の「顔」を嬉しく拝読。私は75才の牧師。9月に近所の囲碁仲間が召天。彼の長兄が告別式の情景を、短歌に詠んだ。それが福島民友文芸「短歌」に掲載された(11月25日)

碁敵(がたき)の牧師導く天国へ 弟はゆく賛美歌の中を

先生の研究に期待、できることがあれば、協力します。会津若松から。
Posted by 三留 謙一 at 2015年12月22日 20:50
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