2014年01月31日

第7回:「囲碁」と学校教育


井山裕太六冠の、「七冠達成」という夢の挑戦が、今年は実現しないことになりました。

唯一手にしていない「十段」戦も、挑戦者まであと1勝と迫っていたのですが、挑戦者決定戦で高尾紳路九段に敗れてしまったのです。

平成四天王の一人、高尾九段がまだまだ明け渡すわけにはいかない、と意地を見せられたのでしょう。

気合を入れ直されたのか、井山さん、今年1月から始まっている棋聖戦の七番勝負で二連勝。

六冠をキープし続けるのか、ここでもまた四天王の一人、山下敬吾九段が意地を見せて、棋聖位を奪還するのか、井山さんを巡って、目の離せない囲碁界です。

私は、棋聖戦七番勝負の第四局を担当します。
来月は、この模様をお伝えしたいと思っております。



■ 囲碁と教育現場
──小学校の「囲碁の時間」

先日、小学校を対象にした「学校教育と囲碁」を考える研修会を見学させていただきました。

こちらのブログの第一回でも「囲碁と教育」をテーマにしたのですが、小学校での囲碁の授業については具体的にほとんど触れなかったので、今回もう一度書いてみようと思います。
 
さて、マンガ『ヒカルの碁』をご存じの方はおおぜいいらっしゃることでしょう。子供だけでなく大人もハマる傑作 本

当時、囲碁を全く知らない私の友人も「続きを読みたくて、会社から走って帰った」とか、「1巻読むのにだいたい1時間。これを読むと明日がつらい、ここでやめなきゃ、とわかっていながら止まらなくなっちゃうんだよね」という声がいろいろ聞こえてきました。

もちろん子供たちにも大人気で、「囲碁をはじめたい!」という子供が爆発的に増えました。

その影響力はかなりのもので、事実、ここ数年の間に、マンガやアニメで『ヒカルの碁』を見て囲碁をはじめた子供が何人もプロ棋士になっています。

というか、新しくプロになった若者の9割以上が、「『ヒカ碁』がきっかけ」と話し、半数以上が「家族で囲碁を打つ人はいない」そう。

日本全国どこにでも、囲碁が強くなる子供は潜在している、ということがわかったのは、嬉しい大収穫でした。

ところが、反対に、残念なこともありました。
「囲碁をはじめたい!」子供が爆発的に増えたために、各地に「にわか子供囲碁教室」が開設されたわけですが、多くが失敗に終わった、ということ。

つまり、教える側の態勢が整わなかったのです。

私も一度、都内公民館の囲碁教室をのぞいたことがあります。

「こんなに大勢集まってるんだ!」と喜んだのもつかの間、ご近所のアマチュアの方でしょう老先生の興味の持てない講義が延々と続いてゆき、だんだんと子供たちの顔がつまらなそうになってゆき、そのことに先生が気づいておらず……「ああ、もうこの子たちは、二度とこの教室には来ない」と確信するに至って、がっかりと寂しい思いをしたものです。

囲碁は、入門のあたりが実は最もとっつきにくく、教わる人にとってはいきなり大きな壁にぶつかることになります。それは同時に、教える人にとっても最も大きな壁だということでしょう。

手前みそで恐縮ですが、あのとき『ヒカルの囲碁入門』があれば……と残念でなりません。

子供たちが囲碁を始めたいと自ら公民館の囲碁教室に足を運ぶ。その自発性はかなりのものです。

それほどのやる気のある子供たちならば、よい教材が手元にありさえすれば、大人が放っておいても勝手に強くなっていくというもの。

私自身、友人のお子さんに実験(?)したことがあるのですが、まず『ヒカルの碁』を貸してあげ、その後に『ヒカルの囲碁入門』を渡す。
これが、やる気のある子供が碁を打てるようになる、最も簡単で効率のよい方法かもしれません。

ちなみに私の友人のお子さんは、当時小学校4年生でしたが、1年ほどで初段になってしまいました。

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『ヒカルの囲碁入門』(石倉昇・著/高見亮子・編集協力)


実際に子供たちと触れ合う教育現場でも、「このままでは、だめだ」と真剣に指導法を考え続けているプロ棋士がいます。

水間俊文七段もその一人。
先日の研修会では、水間流指導法に「これならいける」と感動させられました。

小学校での「囲碁の時間」とは、具体的にはどんなものなのでしょうか。

日本棋院では、小学校に向けて3つのアプローチをしているといいます。

一つ目はクラブ活動での指導。
「囲碁部」に教えに行く、というものです。

二つ目は放課後の活動。
品川区などでは近年、学童保育(放課後児童クラブ)のために小学校の体育館などを解放しているそうです。
その中に囲碁コーナーを設けるというものです。

そして三つ目が、小学校の授業「総合的な学習の時間」(※今、小学校にこんな科目があることを、最近まで知りませんでした。3年〜6年生対象で、週に2時間あるそうです)内での囲碁指導です。


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日本棋院の学校用ガイドブック


この「総合的な学習の時間」を補足すると、目標は、「自ら課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、よりよく問題を解決する能力や資質。問題の解決や探究活動に主体的・創造的・協同的に取り組む態度」だそうです。

研修会にご出席された今野正保氏(小学校の校長先生を退役され、今も囲碁指導にあたっておられる方です)からは、興味深いお話を聞くことができました。

「この時間の『目標』には『自ら』の文字が何度出てくるかわかりません。それほど、今の子供たちは、自ら何かをするという経験がないのです。口をあければ食べ物が放り込まれる、という環境で育っていますから(笑)」。

そして、この「目標」に囲碁がいかにふさわしいか、さらに、相手の気持ちを思いやれるようになることが、囲碁の素晴らしさだとのこと。

「今の子供は、優しい言葉をかければ、それで親切をしたと思ってしまう。そんな言葉は今はかけてほしくない、という相手の気持ちまでは推しはかれないのです。でも、囲碁を打てば、相手が今何を考え、どうしたいと思っているのか、ということがわかる子供になります」



■「最後まで打つ」
──子供たちは「気づき」から強くなる

そこで、もう一度、指導法が問題になってきます。

一つ目のクラブ活動、二つ目の放課後の活動は、元々囲碁に興味のある子供が対象ですが、問題は三つ目の「授業」

興味がない子供もいれば、さらに「囲碁なんてやりたくない」という子供もいるでしょう。

そういう子供たちに、どのように囲碁の楽しさを知ってもらうか。
これは指導者には大変な難問に思えます。

ここで、前述の水間七段のお考えを。

「これまでは、百人いたら十人ぐらい強くなる子がいればよい、という指導法でした。でも僕は、百人いたら百人全員に囲碁が打てるようになってほしい。そのためには、とにかくわかりやすくわかりやすく伝えることです」。

子供たちが何がわからないのか、どうすればわかってもらえるのか、ということを書きためた水間ノートは、実に何百ページにも渡ります。
その熱心さと細やかさには本当に驚かされました。

そして、「そうか! なるほどexclamation」と文字どおり目目から鱗が落ちるようなわかりやすい画期的な指導法をいくつも提案・実践されているのです。

もちろん、その効果は表れており、中央区の小学校などで、子供たち全員が囲碁を楽しんでいるといいます。

今野氏からも、水間流の素晴らしさについてお話がありました。
少し専門的な話になってしまうのですが……
しかも、山ほどあるのですが……

一例としては、囲碁では「終局」(対局の終わり)が難しいのですね。

どうなったら終わりなのか、これを正確に理解できれば、10級ぐらいの棋力はあるといってもよいでしょう。

ですから、これまでの囲碁入門書などでは「終局は、強くなれば自然にわかってきます」とか「まわりに強い人がいたら、終局のあたりは見てもらいましょう」などというふうにお茶をにごした書き方になっています。

もちろん、これは間違いではなく、本当に、終局は自然にわかってくるものなのですが、教育の現場では、全員の対局の終局を見て回るだけでも大変です。

水間流は、「もう打つところがないと思ったらパスをして、続けて、もう一人もパスをしたら終局」ということだけを伝えて、子供たち同士で終わりにする、というもの。

強い人が見れば、「本当はまだ打つ場所がある」としても、反対に、「今終わりにするべきで、これ以上打つと自分が損をする一方」だとしても、口を出さず、子供たちが納得するように打たせるわけです。

大切なのは、「最後まで打つ」ことです。

この方法のよいところは、先生が近くにいなくても、子供たちだけで囲碁の対局を楽しめるようになること。

経験を積みながら、自分から「本当はまだ打つ場所がある」ことや「これ以上打つと損をする」ことに気づいていけること。

この「気づき」から強くなっていくこと、でしょう。

水間七段が何度も口にされる言葉は、囲碁以外の教育現場にも共通するような気がします。

「強い人は、とかく、正しい打ち方・きれいな打ち方を教えようとします。でも、それは、もっと強くなってからの話なんです」


水間七段から、入門したばかりの子供たち、少し強くなった子供たちの棋譜(対局を紙に記録したもの)を見せていただきました。

それはそのまま、囲碁というゲームが現代の形になるまでの歴史をなぞっているように思えました。

囲碁は「お互いに自分の『地』(陣地)を取り合う」ゲームで、結果として「『地』(陣地)が多い方が勝ち」になります。

入門したばかりの子供たちの対局は、女の子同士だと、争いもせずにお互いに仲良く陣地を分け合う結末になることが多いようです。

男の子同士だと、相手の陣地の中にどんどん入っていき、碁盤の上が碁石で埋め尽くされるような結末になるようです。

この男の子同士の対局は、人間が囲碁をはじめた頃の対局と重なるのではないでしょうか。

かつて、囲碁は、地(陣地)の多さではなく、碁盤に自分のをたくさん残した方が勝ちでした(中国ルールは基本的に今もこれです)。

相手の石を囲むと取れる(※「取る」とは、相手の石を盤上から取り上げること)、というルールがありますので、取られないようにしながら打たなくてはなりません。

やがて人間は、まず広く自分のエリアをつくり、その中に自分の石を埋めていけば、取られずにかつ自分の石をたくさん残せることに気づくようになりました。

すると、お互いにまずエリアをつくるようになっていく。

これが、後の(今の)「地」です。
そして、その中にいちいち石を埋めていくのも面倒なので、石の数ではなく、「地」を数えるようになったのですね。

囲碁では「地」の概念を理解するまでが、とても大変です。

歴史を振り返っても、おそらく何百年もかかったのですから。

そう考えると、子供たちが、「これ以上打つと損」ということに気づくまでの……地の概念を理解するまでの、ほんの数日か数週間ぐらいは、短いもの。
いくらでもゆっくり見守ってあげようという大らかな気持ちになれそうです。

指導者全員が、水間七段のような熱意と細やかさと優しさと忍耐をもって入門指導にあたれば、間違いなく子供たちは全員が囲碁を打てるようになると確信します。

問題は、全員が水間七段ではない、ということでしょうか。……いやいや、目から鱗の指導法を、ぜひ多くの方に取り入れていただき、真の意味での囲碁普及が浸透することを願っています。

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写真は、友人の囲碁インストラクター熊坂直子さん(「くまちゃん子ども囲碁教室」主宰)からお借りしました。囲碁を楽しんでいる子供たちの表情をご覧ください!



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