2014年10月22日

第12回:海外の「囲碁」のお話


今回は、海外のお話です。

スイスの、とある場所──私たちが想像もできないような場所──で子供たちに囲碁を教えている日本の女性をご紹介しようと思います。

スイスといえば、個人的に思い出すのは、30年以上も前のこと。

その年は、父の留学に強引についてゆき、たった1年でしたがパリに住んでいて、夏休みに家族でスイスを旅行しました。

「えええ!」と笑いながら驚いたのは、街の公園にあった大きなチェスセット。

路面に市松模様のマス目がきれいに塗られており、いい年をしたおじさんたちが、身の丈ほどもある駒を両手で抱えたり、引きずったりしながらチェスを楽しんでいたのです。

チェスのルールは全く知りませんでしたが、長い距離をナナメに動かしたり、相手の駒を取ったりという、おじさんたちの重労働の度に、手を叩いて喜び、子供心にも「こんなふうに、疲れ果てながら一生懸命チェスをして、いい国だなあ」と羨ましく思ったものです。

そして「碁は無理だなあ。盤が大きすぎるし、石の数が多すぎるから」と残念に思ったのでした。

ところが、です。

じゃじゃーん。


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スイスで働いている友人の智ちゃんからこんな写真を入手しました。

これは紛れもなく囲碁。
さすがに路面ではなくテーブル状になっているようですが、公園に登場したのですね。後方には懐かしいチェスも。(意外に小さかった…思い出すたびに、頭の中で駒が大きくなっていたようです)


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碁石は、このように収納されていて、横から取りだすようです。


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でも大きいと遊びにくいのでしょうか、せっかくの大きな碁盤を使わずに、こじんまりと遊んでいる写真も……

ともあれ、30年の月日を経て、写真であろうとこんな光景を目にするとは思ってもみなかったことであり、一人おおいに歓喜興奮した次第です。


 *


さて、同じスイスながら、都心から遠く離れた山あいのお話です。

ここに、5歳から15歳の子供たち40人ほどが入っている全寮制の「学校」があります。Hさんは、日本人女性ですが、この「学校」で、なんと囲碁を教えているのですね。

その「学校」の存在など、日本で知る人はほとんどいないでしょうし、ましてやそこで囲碁を教えている人がいる、などということは、日本では誰も知らないと言ってもよいかもしれません。

まず、「学校」の説明をしましょう。
正確には「学校」とは少し違うのですが、日本には存在しない施設なので翻訳する言葉がありません。そこでとりあえず「学校」と呼ぶことにします。

寮に入っている生徒たちの共通点は、家庭に問題があること。彼らを保護する目的で、「青少年保護サービス」や裁判所が依頼し、預けられていること。もともと身体や精神の障碍はなく、環境による問題が理由で学習障碍や行動障碍を抱えてしまった子供たちが多く、半数は精神安定剤や抗鬱剤を処方されているそうです。

成績や行動に問題のない子供は、ここから公立の学校に通い、学習や行動に問題のある子供は、ここに付属する「学校」に通います。

「学校」は5クラス。
カリキュラムは一応、一般教育のプログラムを参考にしているのですが、それぞれ問題を抱えている子供たち一人一人に合わせたアラカルトレッスンをしているそうです。

「1クラス最大8人しかいないのでできることですね」とHさん。
以下は、Hさんからのメールです。


学校アレルギーの子供たちは丸一日教室にいるのは無理なので、一般の科目(フランス語、数学、一般教養)以外に重要なのが「アトリエ」。芸術的なもの(図画工作、彫刻など)から将来の就職を考えた技術的なもの(木細工や自転車修理)。他にもロッククライミング、新聞編集、ビデオ製作、修理、料理、庭栽培、ヒップホップ、英語、陶芸(セラピー)、自己表現(セラピー)、童話(セラピー)、マリオネット(セラピー)、サッカー(セラピー)、職業探しなど、色々あります。基本は希望者(教師とEducateur:下記参照)が好きなことを各自教えます。そのアトリエの一環で私は囲碁を教えています。


日本語にあるかどうか分かりませんが、フランス語では教師とEducateurという職業は別で、教師は学校に関することの面倒を見ます。Educateurは生活(食事、健康、清潔、寝泊りなどなど)に関する面倒を見ます。基本は8時半から12時と1時半から3時が学校の時間で、教師はその間子供たちの面倒を見ます。Educateurは起床から夜寝るまでそれ以外の時間、ローテーションを組んでの担当です。だからこの施設は教師よりEducateurの数のほうが圧倒的に多いです。


Hさんは、なんらかの理由(障碍など)で一般の授業についていけない人たち(子供、大人問わず)に教える資格を持っている「教師」で、この職業についたのは2005年。最初の研修先で「囲碁を教えるのがいいんじゃないか」と思いついて以来、勤めた全ての学校で囲碁を教えてきたと言います。

今の学校では、2012年の9月から教えるようになり、週に1回、2時間の授業。校長先生は、Hさんの「囲碁に対する情熱を買って」採用を決断されたそうです。

では、なぜ、Hさんは彼らに囲碁を教えようと思ったのでしょうか。一言でいえば「自信を持ってもらいたかったから」だと言います。


基本的に私が落ちこぼれの生徒達に囲碁がいいと思うのは、彼らにとって新しく、未知の知識だからです。生まれてからずっと落ちこぼれで周りから馬鹿にされてきた子達は、囲碁ではみんな同じスタート、しかも親や他の先生や大人が知らない、できないこと。何かを理解する、上達する喜びを初めて味わえる。彼らは実は落ちこぼれなんかじゃないけど、自信がボロボロですぐ挫折するんです。だから囲碁を通して、多少の困難にも挫けず頑張る力を養うんです。


Hさんご自身は、スイスのカフェで、フランス人マスターから囲碁を習ったとか。残念ながら、その師匠は2003年に亡くなられましたが、「親ほど年が離れていたけれど本当に気が合って親友と言ってもいいくらい」「一番大切なもの(囲碁)をくれた彼のことは今でも忘れません」「いつも彼の声が聞こえます。本当に感謝してます」と言葉が尽きません。囲碁を通じたこんな出会いも、感動的だなあと思います。


さて、この「学校」の生徒たちのこと、指導する教師の皆さんの大変さについては、想像してもしきれないものでしょう。暴力など、生徒たちが引き起こす問題を抱えきれずに、辞めていく教師やEducateurも少なくないと聞きます。

そんな中でHさんは、昨年からは月に1回、3〜4人の子供たちを、長い道のり引率してローザンヌ囲碁クラブに参加させるなど、校長先生の御眼鏡にかなったとおりの熱心ぶり。

子供たちからひどい仕打ちを受けることも、涙を流すことも、心が折れそうになることもあるそうですが、「もちろん、いい事もたくさんあります」と乗り越えて今に至っています。


発達障碍で、家でも虐待を受けている少年がこの一年でとても変わりました。棋力もさることながら、ずいぶん自立して、他の生徒達にいじめられなくなりました。もう卒業してしまいましたが、彼の精神科医が囲碁をとても買ってくれていて、できれば次の学校に行っても続けられるよう色々配慮してくれるそうです。彼は「読書アレルギー」で、何か読ませようとするとその紙をビリビリに切り裂いてしまうんですが、初めて読んだ本が囲碁の本で、しかも続けて11回も読んだんです!


一人囲碁が大好きな子がいます。その子はまだ11歳で、しかもまだまだ行動に問題があるので、しばらくはここにいると思われ、その間に棋力もかなり伸びると思います。彼は怒ると周りが見えなくなります。私に対しても何度も信じられないことを言いました。でも囲碁を通して、というか「囲碁を教えてくれる人」の私に対して何か特別な信頼感を抱くようになったみたいで、段々ひどい事を言わなくなり、言っても後で話し合えるようになりました。彼は「文字アレルギー」で文字を書くことにとても抵抗があります。でも囲碁の格言は一生懸命きれいに書くんです。彼は囲碁合宿で超値下げした碁盤を買い、碁石を囲碁クラブに注文しました。でもその直後寮のお金を盗み、彼の担当のEducateurに碁石代を拒否されました。でも終業式の日の囲碁大会で見事優勝したので、賞品をその碁石にしました。家に帰る直前、双子の弟と一緒に挨拶に来て、「これで夏休み弟と打てる!」とうれしそうに言ってました。


 *


現在、欧米では、中国と韓国が熱心に囲碁普及をおこなっています。

アメリカでは、アメリカ囲碁協会(America Go Association http://www.usgo.org/)・北米プロシステムが、韓国囲碁協会の協力のもとに発足して3年目となり、認定のプロが3名誕生。韓国での棋戦に参加できるようです。

ヨーロッパでは、中国の企業がスポンサーになって、年に一度のプロ試験を行うと聞きました。希望者には6カ月間中国で院生をするための奨学金も出るそうです。

まだまだ「Go(碁)」は国際的にも共通の呼び名ですが、スポンサーによっては、ウェイチ(中国での「囲碁」)・トーナメントや、バドゥク(韓国での「囲碁」)・トーナメントと呼ばれることもあり、少−しずつ、呼び名が変化しつつある、という声も耳にします。

もちろん、どういう呼び名であれ(本当は「Go」がいいなあと思っていますが…笑)、囲碁が世界中に広まってゆくことは喜ばしいことです。プロを目指すような強い子供たちが世界中に増えてゆくのも頼もしい限りです。囲碁を打つ人が、これから何千人も何万人も増えていって欲しいと思います。

その一方で、強い弱いも関係なく、中国も韓国も日本も呼び名もどうでもよく、ただ、囲碁を覚えて自信をとり戻していく子供を一人ずつ増やしていけたら、というHさんの思いと取り組みは美しいなあと思います。

最後に、Hさんからのメールを引用して終わることにします。


大会で真剣に打っている子供たちを見た数少ない同僚たちは、みんな子供たちの態度にビックリします。あんなに礼儀正しく静かな様子は見たことがないと。本当に、私はそれを見るためだけに頑張ってるんです。


 *


12回続けさせていただいたこのブログ、今回でいったん区切りをつけることにいたします。

このブログを担当させていただいたおかげで、普段は重い腰を持ち上げ、いろいろな方を取材する機会をもてました。これまで接点のなかった方々と出会え、囲碁が様々な方面に広がりのあることを再発見。

「神様がつくったゲーム」とはよく言ったもので、本当に果てしのない可能性をもったゲームだと再確認いたしました。

読んでくださった皆様ありがとうございます。

囲碁に興味や関心を持っていただけたら、(その上、集英社インターナショナル発行の囲碁書籍をご購入いただけたら)嬉しい限りです。この場を与えてくださった、集英社インターナショナルの小林さんに心から感謝しています。締切にいつも遅れてすみませんでした。

私事ですが、本業(?)の演劇公演、今年は暮れもおしつまった12月26日から29日、下北沢のザ・スズナリで上演します。こちらにもぜひ足を運んでいただけますように。

↓公演パンフレットです。クリックで拡大します!
かもねぎショット『東京のブブス先生』チラシ表面.jpg

かもねぎショット『東京のブブス先生』チラシ裏面.jpg

さらなる詳細はかもねぎショットのブログまでおでかけください。


posted by si at 00:00| Comment(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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